…清代は鈔関税とか常関税といい,咸豊(1851‐61)以後は,窮乏財政を支援するため,新たに釐金(りきん)税が登場してくるが,内地税であることに変りはない。商税の導入以前でも関梁の税といって水陸の要所に関所をおいて通過税をとることは随時行われていたものの,商業税の主役は各県城に公設された市で商人を登録させ,市籍租という商業税を徴することであり,関梁の税は邪道とされ反対も多かった。裏返せば重要な市場は県城に限られ,移動商人の勢力も限られ,たとえ目こぼしをしても財源にとり上げるほどには重要でなかった。…
…交通路の要衝で物貨通行税徴収が恒常化するのは唐から後,とくに宋に入ってからである。全国的に商税徴収機構が整備され,その一環として通行税=過税は100分の2と決められ,商品の通過に際し,各州で少なくとも1回ずつ徴収された。また渡津の際の人間や通過船舶それ自体も通行税支払いを義務づけられた。…
※「過税」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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