鎧塚遺跡(読み)よろいづかいせき

日本歴史地名大系 「鎧塚遺跡」の解説

鎧塚遺跡
よろいづかいせき

[現在地名]青梅市沢井

平溝ひらみぞ川に沿う、かつての秩父鎌倉街道の脇、小字軍端いくさばた(軍畑)にある。「風土記稿」には「塚高サ一丈余、周廻十五間許、塚上六尺四方程ノ所ニ一尺余ノ小祠ヲ安ス。鎧明神ト号ス。二俣尾ノ城永禄六年落城ノトキ、討死ノ者ノ兵器ヲ埋シ塚ナリト云。鉄器ノ破レ又ハ刀剣ノ折タルモノヲ土人穿出セシコトアリトイフ」とあり、三田弾正少弼綱秀を城主とする辛垣からかい(二俣尾ノ城)が小田原北条氏に滅ぼされた際、戦死した者の武器を祀った塚との言伝えがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む