鎧塚遺跡(読み)よろいづかいせき

日本歴史地名大系 「鎧塚遺跡」の解説

鎧塚遺跡
よろいづかいせき

[現在地名]青梅市沢井

平溝(ひらみぞ)川に沿う、かつての秩父鎌倉街道の脇、小字軍端(いくさばた)(軍畑)にある。「風土記稿」には「塚高サ一丈余、周廻十五間許、塚上六尺四方程ノ所ニ一尺余ノ小祠ヲ安ス。鎧明神ト号ス。二俣尾ノ城永禄六年落城ノトキ、討死ノ者ノ兵器ヲ埋シ塚ナリト云。鉄器ノ破レ又ハ刀剣ノ折タルモノヲ土人穿出セシコトアリトイフ」とあり、三田弾正少弼綱秀を城主とする辛垣(からかい)城(二俣尾ノ城)が小田原北条氏に滅ぼされた際、戦死した者の武器を祀った塚との言伝えがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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