長沢庄(読み)ながさわのしよう

日本歴史地名大系 「長沢庄」の解説

長沢庄
ながさわのしよう

興福寺大乗院領荘園。三箇院家抄(内閣文庫蔵大乗院文書)の「宇多郡」に「長沢庄号長峯庄 米七石 春壱貫二百文 秋壱貫二百文、各因幡寺主別給分」とある。「長峯庄」とも号したとあるので、所在は現大字長峯ながみねに比定される。米七石と二貫四〇〇文は「因幡寺主」の別給分となっていたがこれが預所であろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 春日神社文書

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む