阿幸地村(読み)あこうじむら

日本歴史地名大系 「阿幸地村」の解説

阿幸地村
あこうじむら

[現在地名]富士宮市阿幸地・阿幸地町・東阿幸地(ひがしあこうじ)・矢立町(やたてちよう)

大宮(おおみや)町の北東、潤井(うるい)川の支流弓沢(ゆみざわ)川中流域右岸に位置する。慶長四年(一五九九)九月の横田村詮社領所付覚写(大宮司富士家文書)に、大宮浅間社(富士山本宮浅間大社)大宮司領として、阿幸地村高二一〇石余とみえる。寛永一八年(一六四一)の徳川家光社領寄付朱印状写(同文書)などによれば、阿幸地村のうち高一五一石余は大宮浅間社領、高二二石余は同社別当宝幢(ほうとう)院領、高一二石は同社公文領、高一三石余は同社案主領としてそれぞれ安堵されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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