附国(読み)ふこく(その他表記)Fu-guo; Fu-kuo

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「附国」の意味・わかりやすい解説

附国
ふこく
Fu-guo; Fu-kuo

北史』『隋書』に,漢の西南夷相当の国としてほぼ吐蕃の位置に比定され,隋に朝貢したとされる国。敦煌チベット語文献によると,吐蕃のティルンツェン王の没後,「父方六臣」がそむいたとされるが,そのうちのゲク (宜) 氏が王 tshe' (繪) を称し,608年にプク (素福) 氏を,翌年弟の子リン (宜林) 王を隋に遣使して,彼らの部族名ピャ phyva (附) を伝えたものと推定される。ピャ国の名は後代ではリタン周辺に残っているので,行動をともにした嘉良夷は,ロロ族 kLa kloを含むカロ部族 Ga roであり,南にいた薄縁夷は,ム部族と通婚したポン教徒の吐蕃王家をさしたもので簿縁の誤伝と考えられる。

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