隈上庄(読み)くまのうえのしよう

日本歴史地名大系 「隈上庄」の解説

隈上庄
くまのうえのしよう

隈上川下流、現在の東隈上・西隈上一帯に比定される豊前宇佐宮領の庄園。鎌倉時代初期とみられる弥勒寺喜多院所領注進状(石清水文書/大日本古文書四―二)に筑後国七ヵ所の一つとして「隈上庄」七〇町がみえる。代々山城石清水いわしみず八幡宮の検校田中氏が相伝しており、承久二年(一二二〇)一二月日の検校祐清のものとみられる譲状(同文書/鎌倉遺文四)には「女子得寿姫令譲所々」のなかに隈上庄がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む