隈上村(読み)くまのうえむら

日本歴史地名大系 「隈上村」の解説

隈上村
くまのうえむら

[現在地名]浮羽町東隈上(ひがしくまのうえ)・西隈上(にしくまのうえ)

耳納(みのう)山地東部北麓の隈上川下流左岸に位置する。古代の薦野(こもの)郷を当地に比定する説があり、中世には隈上庄が成立していた。慶長六年(一六〇一)九月一日の田中吉政印判状(浮羽町立歴史民俗資料館蔵)に「くまの上村」とみえ、当村の市右衛門が耕地を荒す鹿の退治を命じられている。正保四年(一六四七)の大小道之帳によると田籠(たごもり)村まで小道二里八町で、この間小塩(こじお)川の渡しが七ヵ所あった。本高は一千二二一石余(元禄国絵図)。元禄国絵図作製以後に東西に分村したが、天保郷帳などでは隈上村一村扱い。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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