随応寺村(読み)ずいおうじむら

日本歴史地名大系 「随応寺村」の解説

随応寺村
ずいおうじむら

[現在地名]春江町随応寺

江留下えとみしも村の北西にあり、もと随法寺村・随王寺村とも記された。慶長六年(一六〇一)九月九日付の山川菊松宛結城秀康知行宛行状(山川家文書)に「三国領随法寺村」とある。正保郷帳には随王寺村として田方三八四石余・畠方七六石が記される。貞享三年(一六八六)福井藩領から幕府領となったが、元禄一〇年(一六九七)葛野藩領、のち再び幕府領、文政三年(一八二〇)福井藩預領となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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