高槻町(読み)たかつきちよう

日本歴史地名大系 「高槻町」の解説

高槻町
たかつきちよう

下京区不明門通花屋町下ル

南北に通る不明門(あけず)通を挟む両側町。西側は現烏丸通に面する。

平安京の条坊では左京七条三坊四保一五町北側及び同一六町南側の地にあたり、平安中期以降は左女牛烏丸小路の地。

寛永一四年(一六三七)洛中絵図には「因幡堂二丁目」とあり、元禄末期洛中絵図や宝永二年(一七〇五)洛中洛外絵図には「高槻丁」とみえる。「京町鑑」には「此町仙現寺といふ東門徒有」とするが、明治元年(一八六八)に廃寺。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 開基

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む