鬼泪山(読み)きなだやま

日本歴史地名大系 「鬼泪山」の解説

鬼泪山
きなだやま

[現在地名]富津市桜井総稱鬼泪山さくらいそうしようきなだやま

桜井村北東鹿野かのう山の西に位置する。無民戸で近隣諸村野入会秣採場であったが、寛文四年(一六六四)の松平忠勝領知目録(寛文朱印留)に鬼泪山とあり、下草高と記す。元禄郷帳に鬼泪山とみえ、高二五石余とあり、天保郷帳では高二二石余と高付されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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