日本歴史地名大系 「鳥羽新田」の解説 鳥羽新田とばしんでん 栃木県:塩谷郡塩谷町鳥羽新田[現在地名]塩谷町鳥羽新田上寺島(かみてらしま)村の東に位置。東部を東荒(ひがしあら)川が南流し、北は長井(ながい)村(現矢板市)と接する。東房(ひがしぼう)村の枝郷。承応年間(一六五二―五五)に中里主水が開発したという。元禄郷帳では高一七石余、宇都宮藩領。明和五年(一七六八)当村の新左衛門など三人は、近隣村の者と朝鮮種人参の作付願書(和気則久文書)を出している。天保年間(一八三〇―四四)の家数八(改革組合村)。慶応四年(一八六八)五月より八月まで、宇都宮藩兵の一隊は会津軍に備えて熊之木(くまのき)村阿野原(あのはら)の大島家三戸に駐留、一分隊は中里家に止宿し裏の箒根(ほうきね)神社境内の北方の見晴しのよい地点に監視穴、俗称「たこつぼ」を掘り、昼夜交替で監視、八月中旬、会津兵が藤原(ふじはら)地内より退去したため宇都宮城に引揚げた(「熊ノ木村出張一件」大島一之文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by