鹿島半郡水帳(読み)かしまはんごおりみずちよう

日本歴史地名大系 「鹿島半郡水帳」の解説

鹿島半郡水帳(鹿島半郡高帳)
かしまはんごおりみずちよう

解説 文禄二年閏九月一一日、長氏が知行地である鹿島郡のほぼ西半分で行った検地により作成された給人知行帳で、「長氏文献集」所収。検地奉行は長右衛門尉・阿岸与市右衛門・三井恕作軒。五八ヵ村が載り、不作・荒分も記入。総高二万九千四八三石余、うち荒一千八五九石。同系統資料として正保元年書写の能州鹿島川西半郡中惣草高付京升高帳(得源寺蔵)がある。各村の知行高・蔵入高の右肩に、当該草高の六割にあたる俵高を京枡高として付す。この京枡高は年貢高(定納高)に相当し、正保元年以前の寛永期には年貢徴収の基準として採用されていたことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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