鹿野崎村(読み)かのさきむら

日本歴史地名大系 「鹿野崎村」の解説

鹿野崎村
かのさきむら

[現在地名]黒磯市鹿野崎

東は塩野崎しおのさき村、南は中内なかうち村、西は上郷屋かみごうや村。北に入会原野大輪地おおわじ原が広がる。鹿ノ崎村・鹿崎村とも書く。寛文四年(一六六四)の大田原藩領知目録に「鹿崎村」とみえる。大田原藩領。会津中街道の継立場が置かれ、薄葉うすば(現大田原市)からは三里二九町で駄賃は八五文、板室いたむろまでは三里で一二五文であった(享保七年「道法・駄賃覚書」坂本竜太文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 開墾 内村 青木

七種とも書く。春の七草と秋の七草とがある。春の七草は「芹(セリ),薺(ナズナ),御形(おぎょう,ごぎょう。ハハコグサ),はこべら(ハコベ),仏座(ほとけのざ。現在のコオニタビラコ),菘(すずな。カブ)...

七草の用語解説を読む