1808年5月3日

デジタル大辞泉プラス 「1808年5月3日」の解説

1808年5月3日

スペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤ絵画(1814)。原題《El tres de mayo de 1808 en Madrid》。『マドリード、1808年5月3日』、『1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺』などの別名がある。ナポレオン軍に対して蜂起したマドリッド市民が鎮圧され、約50人の市民がプリンシペ・ピオの丘で銃殺された場面を描いたもの。同じ画題作品数点存在する。マドリード、プラド美術館所蔵。

出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む