Palaiyakkāran(その他表記)Palaiyakkaran

世界大百科事典(旧版)内のPalaiyakkāranの言及

【ナーヤカ】より

…とくに16世紀後半,南インドの各地で地方勢力の独立化が進むと,タンジョール,イッケリ,ジンジー,マドゥラなどでは,その地に封じられていたナーヤカによる半独立領国体制が成立した。さらに,ナーヤカの下には村・郡段階での徴税・軍事権をもったパーライヤッカーランPalaiyakkāran(あるいはポリガールPoligār)なる土着的支配層も台頭した。ナーヤカを〈封建制〉を支えた〈領主〉層とは必ずしも規定できない。…

※「Palaiyakkāran」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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