Shaykhī(その他表記)Shaykhi

世界大百科事典(旧版)内のShaykhīの言及

【アフサーイー】より

…イラク,イラン各地に学んだのち,ヤズドでシーア派の教師として名声を得,カージャール朝のファトフ・アリー・シャーの招きにあずかったが,そのためかえってシーア派主流に憎まれ,とくに終末における再生の精神主義的解釈が攻撃のまととされた。その後各地を歩いたが,1824年以降シーア派主流と決定的にたもとをわかち,シャイヒーShaykhī派の祖となった。のちこの派からバーブ教運動が生まれる。…

※「Shaykhī」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む