ShaykhMubārak(その他表記)ShaykhMubarak

世界大百科事典(旧版)内のShaykhMubārakの言及

【アクバル】より

…それらの勢力を倒したあと,60年代後半になると,絶対君主としての地位を固める方策をとっていった。シャイフ・ムバーラクShaykh Mubārakおよびその2人の息子アブール・ファイズ・ファイズイー,アブール・ファズルらを側近にし,自らの支配を理論的に擁護させようとしたのはその一つのあらわれである。また,彼は,バーブル,フマーユーン以来の,中央アジア出身の部族の伝統を継ぐ軍事体制を改革して,ラージプート軍団を主力にとり入れた新たなムガル軍事体制をつくりあげようと試みた。…

※「ShaykhMubārak」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む