Sultāngañj(その他表記)Sultanganj

世界大百科事典(旧版)内のSultāngañjの言及

【バーガルプル】より

…インド北東部,ビハール州東部の古都。人口25万3000(1991)。ガンガー(ガンジス)川南岸に位置する。西郊約7kmのチャンパーナガラChampānagaraは,前600年ころ北インドに栄えた十六大国の一つアンガ国の首都チャンパーChampāの遺址とされ,マガダ国による占領後の釈迦の時代にもインドの六大都市の一つとして栄えた。7世紀前半に玄奘(げんじよう)がここを訪れ,瞻波(せんば)国として《大唐西域記》に記している。…

【パーラ・セーナ朝美術】より

…石彫はほとんどが黒い玄武岩を用い,その緻密な石質のゆえに精巧な細工が可能であった。ナーランダー,クルキハルKurkiharなどではブロンズ像の制作も盛んで,スルターンガンジSultāngañjからは高さ約230cmもの仏立像が出土した。また絵画遺品としては経典挿絵としての細密画がある。…

※「Sultāngañj」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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