ノルウェーの小説家。グドブランスダールの貧農の子として生まれたが、3歳のときにロフォーテン諸島近くに一家は移住、極北の荒涼、神秘的な大自然のなかで、牧童、靴屋の見習い、行商人など多くの職につきながら文学を志す。17歳で生い立ちを描いた小説『ベルゲル』を自費出版したが認められず、食い詰めて前後2回アメリカに渡航、帰国後、痛烈にアメリカ文明を批判したパンフレットを出してやや注目をひき、『飢え』(1890)を出すに及んで全ヨーロッパを驚倒させ、一躍新ロマン主義の旗手になった。貧しい文学青年が飢えて幻覚をおこすほどの状態に陥りながら、孤高を失わず、オスロの町を彷徨(ほうこう)、最後には万策尽きて貨物船の火夫となって故国を見捨てるまでを描いた作品で、その徹底的に私小説的な題材、強烈な文体美によって、それまでの自然主義や社会問題小説と鋭く対立するものであった。以後『神秘』(1892)、『牧神(パーン)』(1894)、『ビクトリア』(1898)、『秋の星の下で』(1906)、『最後の喜び』(1912)などには孤独な放浪者の哀歓を格調高い詩的な文体で描いたが、『時代の子ら』(1913)、『セーゲルフォス町』(1917)あたりから近代社会を痛烈に批判するようになった。大作『土の恵み』(1917)では一転して、ただ1人荒野に踏み入って農場を開く農夫の生活を、壮麗な叙事詩的筆致で描いて、第一次世界大戦下の全ヨーロッパに新しい福音(ふくいん)書のように迎えられ、1920年ノーベル文学賞受賞。第二次世界大戦下では英米風のデモクラシー嫌いからヒトラーに共鳴、戦後は戦犯として久しく監禁されていた。そのころの記録が『ふたたび草に埋もれた道の上で』(1949)である。現在ではふたたび20世紀ノルウェーの国宝的作家と評価されている。
[山室 静]
『山室静他訳『ハムスン アナトール・フランス レイモント』(『ノーベル文学賞全集4』所収・1971・主婦の友社)』▽『宮原晃一郎訳『土の恵み』全三冊(新潮文庫)』
現代ノルウェー文学の代表的小説家。青年期に雑多な職業につき数年間アメリカを放浪,帰国後《飢え》(1890)で半ば自伝的に,飢えにさいなまれる文学青年の精細な心理描写を行い,一躍名声を得た。林芙美子など日本の文学者にも影響を与えている。《神秘》(1892),《牧羊神》(1894),《愛の悲しみ》(1898,原題《ビクトリア》)では,北国の田舎町や自然を背景にして人間心理の不可解な部分をえぐり,《放浪者》三部作(1906-12)には,根なし草人生に含まれる根源的なものへの憧れを秘める。これら初期作品の抒情性は《時代の子ら》(1913),《セーゲルフォスの町》(1915)などから叙事的な人間描写に席をゆずる。北国の自然の中の孤独な開拓者を中心人物とする《大地の恵み》(1917)には積極的な人生観が反映しており,ノーベル文学賞を受けた(1920)。その後文明社会への批判を深め,ナチズムに共鳴,戦後に裁判にかけられたが,老齢を理由に罰金刑ですんだ。
執筆者:毛利 三彌
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