木下俊哲(読み)キノシタ トシアキ

20世紀日本人名事典 「木下俊哲」の解説

木下 俊哲
キノシタ トシアキ

明治〜昭和期の子爵 華族会館分館主事。



生年
明治6年2月23日(1873年)

没年
昭和11(1936)年4月22日

出生地
豊後国日出(大分県)

経歴
豊後(大分県)日出藩主・木下俊愿三男に生まれる。明治17年子爵となり、のち華族会館分館主事を務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「木下俊哲」の解説

木下俊哲 きのした-としあき

1873-1936 明治-昭和時代前期の華族。
明治6年2月23日生まれ。もと豊後(ぶんご)(大分県)日出(ひじ)藩主木下俊愿(としまさ)の3男。華族会館分館主事をつとめた。子爵。昭和11年4月22日死去。64歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む