[1] 〘名〙
[一] 動物の器官の一つ。
① 人や動物の顔の下部にあり、飲食物をとり、声を発するための器官。口腔(こうこう)。
※古事記(712)中・歌謡「垣本に 植ゑしはじかみ 久知(クチ)ひひく 我は忘れじ 撃ちてし止まむ」
※源氏(1001‐14頃)賢木「御歯の少しくちてくちのうち黒みてゑみ給へる」
※書紀(720)斉明四年是歳(北野本訓)「厚さ三尺許其の大きさ
(えひ)の如くにして雀の喙
(クチ)、針の鱗あり」
※伊勢物語(10C前)六三「道にて馬のくちをとりて」
④ 接吻。
[二] (一)に似ているもの。
① 物や人の出入りする所。出入口。戸口。また、奥や尻に対して、入ってすぐのところをいう。
※
出雲風土記(733)出雲「河の口より河上の横田の村に至る間の五つの郡の百姓は」
※源氏(1001‐14頃)空蝉「渡殿のくちにかひそひてかくれたち給へれば」
② ある地点に通じる道などの始まる所。
※明徳記(1392‐93頃か)中「今は軍すべき物も候はでこの口難儀に存候」
③ 容器などで、中のものを出し入れする所。または、その箇所をふさぐ栓(せん)。
※源氏(1001‐14頃)橋姫「ほそき組してくちのかたをゆひたるにかの御名の封つきたり」
※刑余の叔父(1908)〈石川啄木〉四「三升樽の口栓(クチ)の抜けないのを」
④ (③にいろいろな種類のあるところから) 種類。種別。たぐい。
※浄瑠璃・心中万年草(1710)中「つつごかしのかほでつらりと九文・十文づつ、百の口をぬいてをけや」
※蓼喰ふ虫(1928‐29)〈谷崎潤一郎〉三「お前はさうすると西洋音楽に降参の口かね」
⑤ 物の外部に開いた箇所。すきま。あな。
※今昔(1120頃か)二四「其汁を開(つび)の口に入る」
⑥ 物の端(はし)。へり。ふち。
※類聚雑要抄(室町)四「香壺筥〈略〉口白錫二斤」
⑦ 物の先端。かど。
※浄瑠璃・十二段(1698頃)二「ともながは夜軍(よいくさ)に、ひざのくちをば箆深(のぶか)に射(い)させ」
⑧ 袖や裾の端(はし)の部分。
※枕(10C終)一三四「大口、またながさよりはくちひろければ、さもありなん」
⑨ 円柱、円筒などの直径。また、堀などの幅。
※今昔(1120頃か)二六「実に口三四寸許の暑蕷の長さ五六尺許なるを持来て置」
※義経記(室町中か)二「口一丈の堀、八尺の築地に飛上り給ふ」
⑩ 人口。人数。
※柳橋新誌(1874)〈
成島柳北〉初「故に船商之戸、舟子(〈注〉せんどう)之口、星羅雲屯他境の及ぶ所に非ずして」
⑪ 就職や嫁入の対象となるところ。
[三] ((一)が
消化器官のはじめであるところから) 物事の初めの部分。
① 物事の初め。おこり。端緒。
※雑俳・折句杖(1796)「盃の素直にならぬ叶へ口」
② 物の初めの方の部分。または、まだ始まったばかりのこと。発端。冒頭。
※浮世草子・世間胸算用(1692)一「口より見尽して末一段の大晦日になりて」
※今年竹(1919‐27)〈里見弴〉秋雨の宵「まだ宵の口ながら」
③ 曲の初めの部分の称。特に、義太夫浄瑠璃の段の構成単位の名としていうことがある。各段は中(なか)、切(きり)と共に三部に分けられ、それぞれ別の演奏者が受け持つ。〔歌儛品目(1818‐22頃)〕
④ 手がかり。てづる。たより。たずき。
[四] ((一)が飲食する箇所であるところから)
① 飲食すること。また、くらしをたてること。→
口を過ごす。
※俳諧・西鶴大矢数(1681)第三〇「どこでも口を春過て夏〈西桜〉 表店藤の茂りはよい勝手〈西竪〉」
② 飲食物を味わう感覚。飲食物の味の傾向。→
口がおごる。
※洒落本・部屋三味線(1789‐1801頃)「大あぐらをかき酒の口などをきいて見てわるくいい」
※俳諧・西鶴大句数(1677)六「秋は金取つき世帯あはらにて 口はふたつの内義は機織」
[五] ((一)が物をしゃべる箇所であるところから)
① ものをいうこと。ことばにしていうこと。また、言語。ことば。また、物の言い方。
※宇津保(970‐999頃)春日詣「仏のおほん事ならぬをば、くちにまねばで勤め行ひつる」
※天草本伊曾保(1593)「ラチンヲ ワシテ ニッポンノ cuchito(クチト) ナス モノナリ」
② 世間の評判。取沙汰。
※今鏡(1170)七「ののみかりのうたの序など人のくちに侍なり」
※
古今著聞集(1254)八「おのづから世にもれきこえて、人の口のさがなさは」
③ 口出しをすること。
※説経節・さんせう太夫(与七郎正本)(1640頃)中「さてもなんぢらは、くちゆへにあついめをして」
④ 言う内容。また、意見。意向。言い分。
※虎明本狂言・茶壺(室町末‐近世初)「それなればそちが道理じゃ。さりながらあれが口もきかふ」
※桑の実(1913)〈鈴木三重吉〉一一「看護婦から聞いたのと奥さんの口とが違ってゐた」
⑤ 話す能力。また特に、優れた話術。能弁。「あいつは口が達者だ」
※福翁自伝(1899)〈
福沢諭吉〉雑記「口もあれば筆もあるから颯々
(さっさ)と言論して」
⑥ (「うたくち(歌口)」の略) 和歌や連歌の詠みぶりをいう。→
口がよい。
※連理秘抄(1349)「口はまことに生得の事也」
⑦ 芸人、芸妓などに対する客の呼び出し。転じて一般に、仲間などからの呼び出し。→
口が掛かる・
口を掛ける。
[2] 〘接尾〙
① 口に飲食物を入れる回数を数えるのに用いる。
※閑居友(1222頃)上「或は三口くへとも教へ給。或は五口くへともおほせられたり」
② 刀剣、斧などを数えるのに用いる。
※書紀(720)欽明一五年一二月(寛文版訓)「但し好
(よ)き錦
(にしき)二疋
(ふたむら)・
(ありかも)一領
(ひとき)・斧
(をの)三百口
(みほクチ)」
③ 寄付や出資などの分担の単位、またその分担者を数えるのに用いる。
※東寺百合文書‐る・応永七年(1400)九月二六日・最勝光院方評定引付「得分納所此間給候外、一口之半分可レ被レ宛之由、先度評定畢」
④ 舞を舞う回数を数えるのに用いる。
※
言継卿記‐天文一四年(1545)六月四日「舞一口つつ舞了」
⑤ 鞍
(くら)、轡
(くつわ)、釜
(かま)などを数えるのに用いる。→
一口(ひとくち)。
※
甲陽軍鑑(17C初)品四四「切付
(きっつけ)の新をば一口
(ひとクチ)二口と云也」