ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アステュアゲス」の意味・わかりやすい解説
アステュアゲス
Astyagēs
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…カンビュセス1世の子。まず前550年にメディアのアステュアゲスを破ってイラン高原の覇権を確立。次いで前547年にリュディアのクロイソスに対して遠征をおこない,サルディスを占領したのち,イオニアのギリシア諸都市を征服した。…
…その後,ウラルトゥとマンナイを征服し,アナトリアに進出してリュディア王国と戦ったが,タレスの予言で有名な前585年5月28日の皆既日食によって休戦し,ハリュス川を国境とする条約を取り交した。次のアステュアゲスAstyagēs(在位,前585‐前550)は種族連合的性格を有していた国家の中央集権化に努めたが成功せず,ペルシアのキュロス2世に滅ぼされた。しかし,メディアの制度や文化はペルシアに受け継がれ,メディア人はペルシア帝国において重用された。…
※「アステュアゲス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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