アゼルバイジャン問題(読み)アゼルバイジャンもんだい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アゼルバイジャン問題」の意味・わかりやすい解説

アゼルバイジャン問題
アゼルバイジャンもんだい

カスピ海西岸のアゼルバイジャン地域における民族問題。アゼルバイジャン人(アゼリー人)は,アゼルバイジャン共和国イラン東アゼルバイジャン州西アゼルバイジャン州に居住しているが,その大多数はシーア派イスラム教徒であり,民族的にはトルコと,宗教的にはイランと密接な関係をもっている。イラン領アゼルバイジャン人は独立意識が強く,1945年にアゼルバイジャン自治共和国を樹立したが,1946年にイラン軍の武力制圧により自治化の動きは抑えられた。一方,アゼルバイジャン共和国の住民も歴史的に反ロシア・反アルメニア感情が強く,アルメニア系住民が多く住むナゴルノカラバフ地域の帰属をめぐり,1980年代終わりから 2020年代初めにかけてアルメニアと激しく対立した。

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