アリー・ハーン(読み)ありーはーん(その他表記)Liāqat Alī Khān

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アリー・ハーン」の意味・わかりやすい解説

アリー・ハーン
ありーはーん
Liāqat Alī Khān
(1895―1951)

パキスタンの政治家。現インド、ハリアナ州カルナール県の大地主の生まれ。1919年アリーガル大学卒業後イギリス留学、1922年弁護士資格を取得。帰国後連合州政界に入り、1923年インド・ムスリム連盟加入、1936~1947年同連盟書記長を務め「ジンナー右腕」としてパキスタン建国を指導した。1940年イギリス領インド中央議会議員、1946年インド中間政府財務相。1947年パキスタン独立後初代首相に就任、1951年10月16日ラワルピンジの大衆集会で暗殺された。「カーイデ・ミッラト」(ムスリム同胞の指導者)の尊称がある。

[浜口恒夫]

『M. R. Afzal ed.Speeches and Statements of Quaid-i-Millat Liaquat Ali Khan, 1941‐51 (1975, Research Society of Pakistan, Lahore)』

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