…1734年)などの名作が続々と生み出された。 29‐37年と39‐41年,バッハはライプチヒ大学の学生を主体とする演奏団体コレギウム・ムシクムの指揮者も務め,選帝侯家表敬のための世俗カンタータをはじめ,毎週コーヒー店で演奏会を催して一連のチェンバロ協奏曲や《コーヒー・カンタータ》(BWV211)などを演奏して,市民の世俗的な音楽生活にも大きな貢献をした。しかしバッハの作風は概して難解なものとみなされ,37‐38年,若い世代を代表する評論家シャイベJohann Adolf Scheibe(1708‐76)から音楽誌上で痛烈に批判された。…
※「コーヒーカンタータ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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