デジタル大辞泉 「流行」の意味・読み・例文・類語
りゅう‐こう〔リウカウ〕【流行】
1 世間に広く行われ、用いられること。服装・言葉・思想など、ある様式や風俗が一時的にもてはやされ、世間に広まること。はやり。「ミニスカートが
2 病気などが、急速な勢いで世の中に広がること。「はしかが
3 蕉風俳諧で、句の姿が、その時々を反映して変化していくもの。→
[類語](1)
( 1 )上代・中古では、病気が広がるという②の意味での使用が多かったが、中世になって、単に広く行き渡るという③の意味での使用も見られるようになる。しかし、古辞書類では「温故知新書」(一四八四)に見られる程度であり、日本語としてはまだ一般化していなかったと思われる。
( 2 )近世になると、「書言字考」(一七一七)の「流行(ハヤル) 又作二時行一」の記述でわかるように、和語「はやる」の漢字表記として用いられるようになった。これによって、「流行」の意味が限定され、また一般化したと考えられる。
特定の社会や集団において一時的に許容され、普及している非慣習的な行動様式ないし文化様式であって、「ファッド(fad、小規模で一時的な流行)と慣習との中間にあるもの」といわれる。流行は一般に、社会集団・階層の一部少数者によって他に先駆けて採用された新奇な行動様式・文化様式が、ある場合には爆発的に、他の場合には緩慢に比較的多数の人々に一定期間いきわたる集合現象であるが、大衆消費社会・高度情報化社会の到来とともに、企業・業界がマスコミを介して大衆を巧みに誘導し、自らに都合のいい流行をつくり出す場合が少なからずある。
[岡田直之]
G・ジンメルがかつて述べたように、流行は人々の「同調性への欲求」と「差別化への欲求」との相克のダイナミズムと微妙なバランスのうえに成立する。あるいは、柏木博(1946―2021)のことばを借りるならば、ファッションの流行は「差異を求めて同一化する奇妙な欲望の運動」であるといえよう。流行の採用者や追随者は、一方で慣習的行動様式から逸脱し、他方では斬新(ざんしん)な行動様式に同調するアンビバレントな行動性向を示すといってよい。このパラドックスの帰結として、流行は慣習の許容する範囲内における既成の行動様式のバリエーションとして現れやすく、E・サピアのいうように、流行は「慣習の容認する気まぐれ」である。鈴木裕久(ひろひさ)(1936― )は流行の基本的特性を、(1)新奇性、(2)効用からの独立性、(3)短命性、(4)瑣末(さまつ)性、(5)機能的選択性(ある選択肢群のなかから特定のもののみが選択されること)、(6)周期性、にまとめている。(2)は記号性といいかえてもよいだろう。流行はなんらかの程度において、これらの特性を兼ね備えていなければならない。
[岡田直之]
流行には、さまざまの種類や領域がある。南博(みなみひろし)(1914―2001)は流行の内容に即して、(1)衣食住を中心とする物の流行、(2)ゲーム、スポーツ、賭(か)け事などの行為の流行、(3)人間の精神的な過程とその産物に関する思想の流行、に大別している。発生頻度の高い流行はなんといっても、服飾や髪型などに代表される日常生活に密着したものの流行である。流行はその伝播(でんぱ)形式によっても分類できる。池内一(はじめ)(1920―1976)によると、(1)流行がそのまま社会的に定着し、常用化する一般化型、(2)急激に普及し、比較的短期間に消滅する減衰型、(3)同類の流行が周期的に繰り返される循環型、が区別されている。流行の伝播形式としては、減衰型がもっとも典型的で、その寿命は通常2~3か月であるといわれている。
[岡田直之]
流行を社会変動とからめて理解する立場にも注目すべきであろう。アメリカの社会学者ブルーマーHerbert George Blumer(1900―1987)は次のように述べている。「長期的にみれば、流行は時代精神Zeitgeist(ドイツ語)ないし共通の主観的生活の構築を助成し、かくして新しい社会秩序の基礎を築くのに役だつ」。流行は絶えず変動する社会において、いまだ未定形の、漠然たる集合的性向・趣向に対して、その表出の機会や回路を提供し、こうした性向や趣向を結晶化し、定型化する集合現象として把握されているのである。この限り、流行は社会変動の重要な一環を担うことになる。
[岡田直之]
流行の展開過程には二つの決定的段階がある。一つは新しいモデルやアイデアが創出され、提示される段階である。新しい流行の口火を切る人々はイノベーター(革新者)とかイニシエーター(創出者)とよばれ、社会の構造的・文化的拘束から比較的自由な人々である。いま一つはいわゆるファッション・リーダーによる新しいモデルやアイデアの選別と正当化である。ファッション・リーダーは個々の流行領域において社会的威信をもち、流行追随者への重要な影響源であるわけだが、彼らが流行追随者の未定形の感情や潜在的傾向を媒介し表出するときに、新しい流行を首尾よく生み出せる。こうした意味合いにおいて、流行の究極的審判者は世論であり、流行はよかれあしかれ時代の気分・雰囲気、欲望を反映し映し出す鏡である。
[岡田直之]
『E・ロジャース著、藤竹暁訳『技術革新の普及過程』(1966・培風館)』▽『和歌森太郎編『流行世相近代史――流行と世相』(1970・雄山閣)』▽『L・ラングナー著、吉井芳江訳『流行と愚行』(1970・北望社)』▽『R・バルト著、佐藤信夫訳『モードの体系』(1972・みすず書房)』▽『石川弘義「流行理論の系譜」(内川芳美ほか編『講座現代の社会とコミュニケーション5 情報と生活』所収・1973・東京大学出版会)』▽『G・ジンメル著、円子修平・大久保健治訳「流行」(『ジンメル著作集7 文化の哲学』所収・1976・白水社)』▽『L・ラングナー著、吉井芳江訳『ファッションの心理』(1976・金沢文庫)』▽『鈴木裕久「流行」(池内一編『講座社会心理学3 集合現象』所収・1977・東京大学出版会)』▽『小山栄三著『ファッションの社会学』(1977・時事通信社)』▽『宮本悦也著『流行学――「文化」にも法則がある』(1977・ダイヤモンド社)』▽『J・ボードリヤール著、今井仁司・塚原史訳『消費社会の神話と構造』(1979・紀伊國屋書店)』▽『川本勝著『流行の心理学』(1981・勁草書房)』▽『M・A・デカン著、杉山光信・杉山恵美子訳『流行の社会心理学』(1982・岩波書店)』▽『うらべまこと著『流行うらがえ史――モンペからミニ・スカートまで』(1982・文化出版局)』▽『多田道太郎編『流行の風俗学』(1987・世界思想社)』▽『菅原健二著『流行の法則――現象から見た流行周期』(1987・エムジー)』▽『鷲田清一著『モードの迷宮』(1989・中央公論社、1996・ちくま学芸文庫)』▽『E・M・ロジャーズ著、青池慎一・宇野善康監訳『イノベーション普及学』(1990・産能大学出版部)』▽『武田徹著『流行記――トレンドの表層と深層』(1990・日本経済新聞社)』▽『押切伸一・川勝正幸著『流行の素』(1990・JICC出版局)』▽『武田徹著『「流行」とは何か――情報消費社会の生態と風景』(1991・PHP研究所)』▽『井尻千男著『流行の言説・不易の思想――ベストセラー書評社会学』(1991・PHP研究所)』▽『市川孝一著『流行の社会心理史』(1993・学陽書房)』▽『松井豊編『ファンとブームの社会心理』(1994・サイエンス社)』▽『中島純一著『メディアと流行の心理』(1998・金子書房)』▽『柏木博著『ファッションの20世紀――都市・消費・性』(1998・NHKブックス)』▽『藤竹暁編『流行/ファッション』(『現代のエスプリ別冊・生活文化シリーズ2』・2000・至文堂)』▽『佐藤能丸・滝澤民夫監修『日本の生活100年の記録7 文化と流行の100年』(2000・ポプラ社)』▽『川本勝著『流行の社会学』(高文堂新書)』▽『海野弘著『流行の神話――ロールスロイスとレインコートはいかに創られたか』(光文社文庫)』
広い意味では普及現象のすべてを指して用いられるが,一般には,新しい行動様式や思考様式が,社会や集団の一定のメンバーの間にだんだんと普及し,その結果,一定の規模となった一時的な集合現象をいう。流行は,人びとが,ある一定の行動様式や思考様式を,個人の自由裁量によって選択し,採用した結果として生ずる社会現象であり,人びとの日常生活における行動様式や生活様式にかかわる外面的・物質的なものから,歌,言葉,ある種のものの考え方や思想,芸術等のより内面的・非物質的なものにいたるまで,社会のあらゆる領域にみられる現象である。
流行の特質として次の点が指摘できる。第1は〈新奇性〉で,最新のものであるという点である。流行は,従来から存在している行動様式や思考様式とは異なった新しい様式,あるいはそれに変化が生じたものとして人びとに知覚される。
第2は〈一時性〉である。流行現象の多くは,短い期間のうちに普及し消滅していく,めまぐるしい浮動性を示す。現代の資本主義経済のメカニズムに動かされている社会では,新しい様式の多くがそのメカニズムを維持するために商品化され,消費の対象となり,流行はますます変化消長が激しくなっている。さらに,多様なマス・メディアの発達・普及とそれを動員しての商業主義にもとづく宣伝活動が,人びとの消費を促し,流行の成立・普及をより容易にならしめている。服飾品や流行色に見られるように,流行は一度消滅したのち,一定のある期間を経て再び繰り返されることがある。その期間を流行の周期と呼んでいる。
第3の特質は,流行はしばしばそのときどきの社会的・文化的背景を反映しているという点である。このことは〈歌は世につれ,世は歌につれ〉という表現に端的に示されているし,また,流行語の多くが政治・社会情勢,社会的事件,あるいは世相と密接に結びついて誕生しているのもそのよい例である。大衆社会では,人びとは他人志向を強め,大勢順応型で世間の動きに同調することが多い。周囲に同調することによって情緒の安定化をはかる傾向が強いことから考えても,新しい行動様式や思考様式を人びとが採用することによって生ずる流行は,その時代の社会情勢や文化,価値観などに影響されるといえる。
第4は〈瑣末(さまつ)性〉という点である。流行は従来の様式とは異なった様式の普及であるが,多くの場合,そのものの基本的様式までは変化していない。基本様式の枠の中で,その様式のもつ機能を維持しながら個別的・派生的様式において変化し,流行が生じている。流行は〈ささいなこと〉をめぐって生起消滅している。〈ささいなこと〉をめぐっての変化であっても,流行の内容によっては既存の価値観に影響を与えることもある。また,流行した様式が社会に定着し,古い様式に変化が生ずることを考えると,流行は文化変動に何らかの作用を及ぼす側面をもっている。
第5の特質は,流行は一定の規模をもっているという点である。流行の規模は,それを採用する人数で決まる。もちろん,ある様式を実際に採用し実践できるかどうかは,個人の属性やそれを採用するために必要な要件を所有しているか否かに関係する。流行の規模は,流行の領域や内容によってかなりの差異がある。今日,大部分の人びとが採用する大規模な流行現象は少なく,多様化した社会を反映して,多様な層や集団で,どちらかといえば小規模な流行が次々と生じている。
第6の特質は,流行は,社会的サンクションをもつ種々の社会的規範と異なり,社会的強制力をもってはいない。しかし,人びとが流行を意識しはじめると,流行は個人に対して大きな心理的・社会的圧力を発揮し,その採用を迫るにいたる。周囲の目を意識することによって,他の人に先駆けて流行を採用しようとする心理や,流行に遅れまいとする欲求が生まれるからである。
ところで,人びとが流行を採用する動機は,流行の内容によって異なる。G.ジンメルは,人びとが流行を採用するのは,他人の行為を模倣し,社会に順応しようとする〈同調性の欲求〉と同時に,新しいものを採用し,周囲の人と区別したいと願う〈差別化の欲求〉との拮抗のダイナミズムであると指摘したが,多様化した現代社会では動機も多様化してきた。しかも,いくつかの動機が複合して,流行が採用される場合が多い。したがって今日では,流行現象そのものや,その採用の動機などを把握し説明することはたいへん困難になってきたといえる。
→消費社会
執筆者:川本 勝
流行にあたる西欧語は,モード,ファッション,クレーズ,ボーグ,ブームと多様で流行の分野や性格によって使い分けられる。一方,日本語では,和語の〈ハヤリ〉と漢語の〈流行〉の二つのみが使われてきた。〈ハヤル〉は〈生ユ〉〈生ヤス〉と同源とされ,病気の流行についても〈ハヤリ病〉〈疫病流行〉という。この用法に,人為による社会現象としての流行を自然現象と同一にとらえる日本人の認識のあり方をみることもできよう。しかし,〈此頃都ニハヤルモノ〉という文言で始まる有名な《二条河原落書》に見られるように,流行について古くから鋭敏な感覚が存在したことも確かである。柳田国男は農村の景観をいろどる〈れんげ〉や〈菜種〉の栽培が,近世のある時期に広く日本中の村々に次々と行われたことに注目し,そこに経済活動ばかりでなく,農民の色彩感の流行を見いだしている(《明治大正史世相篇》)。江戸,大坂という大消費都市が出現した近世社会では,流行の恒常的な発生地でありメディアでもあった遊里や芝居などの悪所の存在もあって,すでに今日の流行現象の原型が確立していたといえよう。
執筆者:山田 登
医学用語。特定の感染症がある一定の地域で多発する状態をいう。流行の規模が世界的な広がりとなった場合を世界的流行または汎発的流行pandemia,地方的あるいは散発的である場合を地方的流行endemiaと称する。なお,近年は非感染性の疾病に対しても用いられることがある。以下,流行の原因となる主要な感染症について解説する。
A型インフルエンザは過去幾度か汎発的流行を起こしているが,1918-19年のいわゆるスペイン風邪は史上空前の規模の流行で,全世界人口の約半数が罹患し,死者は2300万人に達したとされ,日本でも2300万人が罹患し,38万人余が死亡したと記録されている。その後もイタリア風邪(1947),アジア風邪(1957),香港風邪(1968)などが知られる。
このようにインフルエンザは伝播力が強烈で広範な流行を繰り返し,ときに世界的な大流行となるが,いずれもA型である。B型も流行を繰り返すが,A型ほど強烈ではない。このような流行の要因として,インフルエンザウイルスが他のウイルスと異なり抗原構造の変異を起こしやすいことがあげられる。ことにA型ウイルスは著しい。A型ウイルスには現在まで4種の亜型が知られているが,株特異性は赤血球凝集素(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の抗原分析で決められる。毎年のように流行するインフルエンザからウイルスを分離してみると抗原的に差があり,同じA型でもまったく,あるいは大部分に共通部分がみられないほどの大きな抗原構造の変異があった場合を不連続変異,部分的な抗原構造の変異を連続変異という。従来のインフルエンザの大流行の際に分離されたウイルス株は不連続変異であったのに対し,中小流行の際に分離されたウイルス株は連続変異が証明されている。これに対しB型インフルエンザから分離された株の変異は小さく,主として連続変異であった。
麻疹,風疹,流行性耳下腺炎,水痘などは,そのウイルスは変異も少なく,ヒトにとって非常にかかりやすい病気であるから,小児期にかかることが多く,また,かかると終生免疫を獲得する。これをある地域の人口構成でみてみると,年齢が長ずるにつれて既罹患者が多くなるので,流行があっても小児が中心となり,実情は地域流行にすぎない。またエンテロウイルス(コクサッキーウイルス,エコーウイルス)による夏風邪症候群や咽頭結膜熱も主として小児がかかる感染症であり,不顕性感染も多い。したがって,これらの疾患は地域流行あるいは学校内流行としてみられることになる。
コレラは元来インドのガンガー(ガンジス)川流域に定着し,アジア地区で流行を繰り返していたが,19世紀以降世界的流行を何回もひき起こしている。近年はほとんど消滅して,インド,パキスタンなどに地方病として残っているにすぎないが,1961年から,この古典型コレラ菌によるものにかわってエルトール型がスラウェシを中心に流行しだし,東南アジア,アフリカなどに毎年流行がみられる。ペストは齧歯(げつし)類の伝染病で,ノミの媒介によってヒトが感染するが,14世紀には世界的規模の大流行が記録されている。最近はインド,東南アジア,アフリカ,南北アメリカなどの一部に地域的流行地がある。日本では,コレラ,ペストは外来性伝染病で,ことに前者は,幕末の開港によってもたらされ,明治期を通じ大流行を繰り返した。
→コレラ →ペスト
執筆者:南谷 幹夫
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