シェイヒベドレッディンの乱(読み)シェイヒベドレッディンのらん

改訂新版 世界大百科事典 の解説

シェイヒ・ベドレッディンの乱 (シェイヒベドレッディンのらん)

1418-20年に起こったオスマン帝国に対する反乱運動。シェイヒ・ベドレッディンŞeyh Bedreddin(1368-1420)はティムール遠征に随行してイランからアナトリアへ来たが,異端的傾向の強い神秘主義の教理を説いて,ティムールに敗れたオスマン朝支配下の民衆のひろい支持を集め,空位時代にはムーサー王子の大法官(カザスケル)を務めたが,メフメト1世が覇権を握ると,ドブロジャ地方を中心に反乱を起こした。アナトリア側での蜂起に失敗したのち反徒は四散し,ベドレッディンは捕らえられ処刑された。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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