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覇権 はけん hegemony

翻訳|hegemony

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知恵蔵2015の解説

覇権

ヘゲモニー」のページをご覧ください。

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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デジタル大辞泉の解説

は‐けん【覇権】

覇者としての権力。力をもってする支配力。
競技などで優勝して得る栄誉。

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百科事典マイペディアの解説

覇権【はけん】

覇者としての権力を指し,英語ではヘゲモニーhegemony。一つの国が軍事力,経済力,政治力,あるいは天然資源の豊かさなどにおいて他の国々を圧倒するものを持ち,一定の原理・原則をもって国際的なシステムを創造し,またそれを維持しようとすることをいう。
→関連項目相互依存パワー・ポリティクス

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世界大百科事典 第2版の解説

はけん【覇権 hegemony】

一般には,覇者としての権力を指す。たとえば,政権を長期安定状態で掌握している政党を覇権(ヘゲモニー)政党と呼んでいる。しかし,このことばが中国の超大国批判としての〈覇権主義〉という形をとって,国際政治に初めて登場して以来,その意味は重大な位相をもつにいたっている。それは最初に1972年の米中共同声明,いわゆる上海コミュニケで用いられたが,その後,73年の中国共産党10全大会,75年憲法での〈超大国の覇権主義反対〉として明確化された。

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大辞林 第三版の解説

はけん【覇権】

〔hegemony〕 覇者としての権力。他の者に勝って得た権力。 「 -を握る」 「 -主義」
競技などで優勝して得た栄誉。 「リーグ戦の-をかける」

出典|三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

覇権
はけん
hegemony

現実の国際政治・外交の世界においては,他国を圧倒する勢力,特に軍事力をもつ国家の地位とその影響力の大きさをさす言葉。覇権主義 hegemonismと並んで,大国の対外行動のあり方を批判する文脈でしばしば使用される。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

覇権
はけん
hegemony

覇権(ヘゲモニー)とは一般に、覇者、つまりは競争に勝って第一人者となった者の権力をさすが、人間集団のさまざまな次元において成立する概念である。
 たとえば、サルトーリG. Sartori(1924― )は『現代政党学』という著書のなかで、政党制の一つの類型としてヘゲモニー政党制を掲げている。そこでは、一つの絶対的な権力を有する政党が存在し、他の政党は平等な敵対者として対抗することはできず、あくまでも覇権政党にとって第二次的政党、衛星政党でしかない、と説明している。
 他方、覇権概念は国際政治の現実主義的分析のなかで多く用いられてきたといえる。すなわち、国際社会は国家間の覇権をめぐる闘争の舞台であり、かつて多くの覇権戦争を引き起こして、そして経験的に覇権国家の存在が国際政治の安定化をもたらしてきたとする見方である。これを覇権安定hegemonic stabilityともよぶ。第一次世界大戦までの国際秩序体制を「パックス・ブリタニカ」(イギリスの力による平和)、第二次世界大戦以降を「パックス・ルッソ・アメリカーナ」(米ソの力による平和)とするのはおのおのの時代の覇権秩序を言い表している。現実に冷戦時代のアメリカの外交戦略には覇権安定の考え方が色濃く反映していたが、1970年代以降には米ソ両国の覇権の凋落(ちょうらく)現象が生じ、それに並行して国際社会には多極化や多中心化とよばれる状況が進行した。結局、国際社会のその流れは強まり、1989年の冷戦終結以降は「覇権なき時代」が強調されるようになった。今日、国際社会の権力的な管理主体の不在という点で不安定な局面も生じるが、それに対処すべくG8(ジーエイト)、さらに最近ではG20(主要20か国・地域)といった多国間の協議体が重視される一方、国連をはじめ多くの国際組織、非政府組織が重要な役割を演じる「多中心的な体制polycentric system」が定着しつつある。今後の世界には従来のような覇権国家の登場あるいは絶対的な権力的支配を意味する覇権の掌握は想定できないが、他国に大きな影響力をもつという意味での準覇権的な国家の登場はありうる。ただしその場合、影響力の及ぶ範囲がある一定の地域に限定されるような「地域覇権」的国家や集団として想定できるだろう。たとえば、アジアでの中国、アフリカでの南アフリカ、そしてヨーロッパでのヨーロッパ連合などがその例である。そのなかで、依然として相対的に大きな影響力を持続させるアメリカとの種々複雑な関係が展開されていくといえるだろう。
 日本において覇権概念が直接的に議論されたのは、1960年代後半から1970年代初頭にかけて深刻化していた中ソ対立を契機とする。当時、アジア集団安保構想の下でアジアへの接近を図っていたソ連に対して、中国はソ連主導の国際政治秩序を樹立する策謀として激しく批判し、1972年の米中共同声明(上海(シャンハイ)コミュニケ)、1973年の中国共産党十全大会、1975年憲法などを通じて反覇権主義を掲げた。1974年(昭和49)11月から始まる日中平和友好条約の締結交渉でも反覇権主義の扱いを問題とした。そこでは1972年の日中共同声明の「(日中)両国のいずれも、アジア・太平洋地域において覇権を求めるべきでなく、このような覇権を確立しようとするいかなる国あるいは集団による試みにも反対する」(第7項)ことの明文化および解釈をめぐって日中間の交渉は難航した。結局、友好条約は1978年8月に締結されたが、いわゆる「覇権条項」に対する解釈の相違は残される形となった。日本側は「第三国との関係に影響を及ぼすものではない」とする一方、中国側は「覇権条項」がソ連を標的にするものとしていた。かつてのソ連はそれを「反ソ同盟」とみなし、対日圧力を強めたのである。このように、戦後の日本はアメリカの保護下で国際政治の動向にほとんど関心を払ってこなかっただけに、中ソ対立を通じての覇権問題に現実的な対応を迫られたのである。[青木一能]

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