改訂新版 世界大百科事典 「スタンボリスキ」の意味・わかりやすい解説
スタンボリスキ
Aleksandǎr Stambolijski
生没年:1879-1923
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…ヌイイー条約では,一部領土をセルビアに,西トラキアをギリシアに割譲してエーゲ海への出口を失い,多額の賠償金を課せられた。ボリス3世(在位1918‐43)は19年,農民同盟のスタンボリスキを首相に任命したが,その近隣諸国との協調政策と急進的な改革は右派の反発を買い,23年,ツァンコフAleksandâr Cankov(1878‐1959)らのクーデタでスタンボリスキは惨殺された。これに対し共産党(労働者社会民主党(狭義派)が改称)は初め傍観者的態度をとり,コミンテルンに批判されて蜂起(九月蜂起)に踏み切ったが失敗に終わり,激しいテロに見舞われた。…
※「スタンボリスキ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...