職業的に政治に携わる人々を指す。政治家と同じく熱心に政治に参加する人々であっても,その政治参加が選挙のときの政治演説のように臨時のもので,かつ政治以外のところに収入の源泉があるという意味で副業的である場合には,〈素人〉政治家と呼んで本来の政治家と区別する。かつては君主,貴族(日本では武士),〈財産と教養〉を有する地方名望家層などの特定の身分が〈生来の政治家〉と目されていたが,政治権力を行使する正統性がもっぱら選挙による選出に求められるようになった現代では,選挙制の大統領と閣僚と議員,そしてそのような地位につくことを志望して活動している人々を政治家と呼ぶ。革命やクーデタによって政権についた人々は,いわば自選と互選の政治家である。日本やイギリスのような議院内閣制の国では,政治の表舞台は内閣と議会に限られており,高級公務員は政治過程において重要な役割を果たしていても政治家とは呼ばれないが,高級公務員が大統領の政治的任命によって選任されるアメリカ,公務員がその地位を保持しながら政策決定に公然と参加するフランス,ドイツ(旧,西ドイツ)については,一部の公務員は政治家とみなされている。みずから公然と政治権力の行使に参加する意思はないが,集票のマシーンを握ったりロビイングを通じて暗躍し,マス・メディアを通じてジャーナリスト,評論家,解説者として政治的影響力を行使する〈黒幕〉政治家も,政治を主たる生計の資としているかぎり政治家とみなせる。また,卓越した識見を有して公事に経綸をはかる〈大政治家〉(英語ではステーツマンstatesman)と,その場かぎりの駆引きに終始する〈政治屋〉(ポリティシャンpolitician)を区別し,目的のために手段を選ばぬ権謀と術策の人(マキアベリスト)を理想主義的な政治家と対比することもあるが,この区別自体が政治的,党派的,主観的である。政治においては,リアリズムぬきの経綸と理想はありえないからである。術策,陰謀,裏での交渉力,斡旋能力,雄弁,世話役としての面倒見等,政治家に期待される能力の一部に注目して,〈彼(彼女)は政治家だ〉ということもあるが,これは政治家という用語の比喩的な用法である。
政治の最高権力者が自分の手足となって奉仕する幹部を登用したとき,職業政治家が誕生する。最高権力者(歴史的には多くの場合,君主であった)は,貴族,譜代の家臣,高級聖職者のような身分を周辺にもち,彼らの助言,諫言,同意,奉仕を通じて支配するが,身分,封地封禄,血縁地縁などによって君主と対等に近い権力を有する彼らの抵抗を押し切ってまでもみずからの権力を拡大するには,職業政治家--君主の任命と庇護によって生計を立てているという意味で,君主にたいしてだけ忠誠を誓う人々--を利用しなければならなかった。
この最初の政治家は,伝統的な身分秩序の外にある雑多な社会層から登用されており,身分秩序が解体するにつれてますます広い基盤から登場してくる。読み書きの能力を買われて,キリスト教圏,イスラム教圏,仏教・儒教圏を問わず僧侶が登用された。古代以来の中国では儒学の教養と文章能力のある文人が試験制度を通じて採用され,財産と身分の世襲に関心のない独身の修道僧や宦官(かんがん)も重宝された。スルタンの宰相には特別に教育を受けた奴隷が,古代ローマの官僚や帝政ロシアの外交官にはギリシア人などの外国人が用いられた。江戸時代の日本では,側用人,茶坊主などを初期の政治家の例として挙げることができよう。
しかし,絶対主義の成立と平行して資本主義が誕生するとともに,新興のブルジョア階級が政治家の供給源となり,それとともに政治家への道は次の二つに大別されるようになる。一つは,ブルジョアジーが選挙に基づく議会制と政党制度の発展とともに政治家を輩出していく道であり,もう一つは,大学で法学教育を受けたブルジョア階級出身者が官僚となり,政治家になっていく道であった。前者は郷紳層(ジェントリー)と呼ばれる集団を通じてイギリスと,共和制のアメリカで全面的に展開し,後者は19世紀西欧における後進国ドイツ,やがては日本でもみられた。もともとイギリスでは,国王が大貴族に対抗して郷紳層を味方に引き入れ,地方自治体の官職につかせたものであるが,郷紳層はみずからの勢力を強めるために無償で地方行政の管理を引き受け,やがてそれを独占するようになった。他方で,イギリス議会においては,議会内の多数派の支持を受ける指導者が閣僚に指名される慣行が生まれ,官職任命権は実質的に国王から首相に移り,国王の任命権は名目化していく。そして政党が,首相と閣僚,その他主要な官職を互いに争う組織として発達した。選挙権の拡張によって議会が民主化されるにつれてこの傾向が強まり,1867年の都市労働者階級への選挙権の拡張とともに,政党は従来の名望家政党から大衆政党に変わり,党本部や各選挙区の党支部の機関の運営には有給の職員があてられ,これらの人々にまで政治家になる道が開かれた。
イギリスでは,政党を通じて議会が内閣を支配下におくことになり,政治家は議会政治家としての長い習練を経て閣僚,首相に選ばれていく。それにたいしてアメリカでは,大統領と議会は別の手続で選ばれ,大統領は行政部の長として大幅な官職任命権を握っている。そのためアメリカにおける政党は,全国大会を通じて党の大統領候補者を指名し,この大統領候補者を押し立てて大統領選挙を戦い,勝利した大統領のもとで官職を分配する機構として発達する(大統領制)。〈勝ったものが戦利品を独占する〉という原則は,1828年に当選したジャクソン大統領のもとで制度化された。大統領選挙における自党の勝利につくしたという資格だけで,いわば素人の政治家が上は重要な官職から下は地方の郵便局長にまで任命されるこの猟官制度(スポイルズ・システムspoils system)は,当然に腐敗と浪費をともなったが,イギリス,アメリカがともにヨーロッパ大陸諸国のような官僚制統治を長く免れた理由はこの政治家の自治能力の高さにあった。そのイギリス,アメリカにおいても,19世紀半ば以降,公務員の任用についての資格試験制度(メリット・システムmerit system)が導入され,公務員の地位が保障されると同時に公務員の政治参加に一定の制限が加えられることになり,政治家とはもっぱら選挙制による中央,地方の議員,地方自治体の首長,大統領を指すようになった。それとともに,実務への献身と中立性という官僚の資質とは別の,むしろそれとは対照的な資質が,政治家にたいして期待されるようになる。すなわち,政治家は決定し,官僚はその決定を執行する。現実に官僚制の発達とともに情報は官僚の手中に集中し,計画,立法,政策の立案は官僚によって行われるようになり,政治家は官僚による事実上の決定に形式的承認を与えるにすぎなくなる場合もある。しかし,官僚は上司と管理法規に対して責任を取るのに比べて,公衆に対する責任を自らの進退をかけて取りうるのは政治家だけである。こうして政治家は公的責任を最終的に清算する立場に立たされることになる。
すでに述べたように,身分,階層にかかわりなく政治家への道が開かれるようになる過程は,官僚任命権をめぐる闘争の過程でもあったが,同時にその過程を通じて政治家はますます職業化する。政治参加が〈財産と教養〉のある名望家層に限られている社会では,政治は名誉職と考えられ,政治によって生計を立てることは賤しむべきことであり,時としては腐敗の源と考えられている。国事に奔走して家産を失い,残るは井戸と塀ばかりという〈井戸塀政治家〉は今でもいくらかの敬意をこめて回想されるが,それは家産を持つ階層だけに政治参加が許されていた時代のことであった。逆に誰もが政治家になれる社会では,議員は歳費によって生活を賄い,調査費,選挙の費用などの政治家としての必要経費は政党や国庫によって賄われる傾向がある。そして政治家は,弁護士,組合指導者,広告業者,新聞人,教師,あるいは第三世界での学生など,説得と妥協の技術に加えて情熱と献身を備えた社会層から出現する傾向を示すようになる。イギリスでは公共への奉仕は〈貴族たるものの義務〉と長く考えられており,この貴族的倫理は現在においても政治家に期待されている。逆に民主化の進んだアメリカでは,一般に政治は利権を争う汚い仕事とみなされ,政治家を軽蔑することが政治文化の一部となる。このような政治家にたいする尊敬と軽蔑という矛盾した態度は,資本主義か社会主義か第三世界かを問わず,さまざまな国でさまざまな程度の組合せにおいてみることができる。
戦後の日本においては,明治憲法体制下の元老,枢密院,貴族院等の非民主的制度は廃止され,統帥権と現役軍人のみが軍部大臣に任命される制度のもとで〈国家内の国家〉としての地位を守っていた陸海軍が解体され,知事をはじめ市町村長を上から任命していた中央集権体制が弱められるとともに,政治家と政治家志望者が広く輩出する条件が生まれた。また農地改革によって,旧来の名望家層の基盤が崩壊した。それに代わって業界組織,労働組合,農業協同組合のような組織が現れ,政治家を育成・培養する基盤となっている。他方で官僚統治の伝統が根強く残っており,政治家は政策形成,政策執行の監督者としての主体性を確立しえなかった。政治家と政治家志望者は〈どぶ板〉を踏んで票を集め,国庫補助金を誘導してみずからの地盤とする。また主要政党が派閥連合としての性格を強く有しているために,争点を劇的に打ち出して戦うよりも,謙虚に和を求めるタイプが主流を占める。そして政治家の代表-統合機能の弱さを埋めるために,市民運動,住民運動などの代表者が〈素人〉政治家として一定の役割を果たすことになる。
→国会議員 →支配 →リーダーシップ
執筆者:河合 秀和
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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