タブウ

デジタル大辞泉プラス 「タブウ」の解説

タブウ

1931年製作のアメリカ映画原題《Tabu: A Story of the South Seas》。監督フリードリッヒ・ウィルヘルムムルナウ、ロバート・フラハティ。第4回米国アカデミー賞撮影賞受賞。

出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報

世界大百科事典(旧版)内のタブウの言及

【ドキュメンタリー映画】より

…12年にはイギリスのハーバート・G.ポンティングがロバート・スコットの南極探険隊に同行して1時間30分の記録映画《スコットの南極探険隊》を撮って反響を呼んだが(のち1933年には《南緯九十度》の題でまとめた),それらは〈紀行映画〉と呼ばれ,いわゆる〈ドキュメンタリー〉の先駆は,フラハティがエスキモーのきびしい日常生活のたたかいを描いた《極北の怪異》(1922)とされる。フラハティはハリウッドのメジャー会社パラマウントに注目されて《モアナ》を撮り,つづいてW・S・バン・ダイク監督の《南海の白影》(1928)とF.W.ムルナウ監督の《タブウ》(1931)という2本の〈劇映画〉に協力させられるが,ハリウッドの商業主義と折り合いがつかず,イギリスに渡り,プロデューサーのマイケル・バルコンに完全な自由をあたえられて,北アイルランドのアラン諸島の孤島できびしい自然とたたかう人間の生活を描いた《アランMan of Aran》(1934)をつくり,ドキュメンタリーの先駆的開拓者としての業績によって,〈ドキュメンタリーの父〉と評されるに至った。
[第2次大戦前のドキュメンタリー]
 アメリカでは,フラハティの作品のほか,のちに特撮怪獣映画《キング・コング》(1933)を製作するメリアン・C.クーパーとアーネスト・B.シェードサックのコンビが,遊牧イラン民族を描いた《地上》(1926)やタイの稲作農民を描いた《チャング》(1927),探険家マーティン・E.ジョンソン夫妻が野獣の生態を撮影した《アフリカ遠征》(1923)などがつくられた。…

【ムルナウ】より

…しかし,つづく《タルチュフ》(1925)と《ファウスト》(1926)が興行的に失敗し,27年,ウィリアム・フォックスの招きでハリウッドに渡り(アメリカでは《最後の人》がサイレント映画の最高傑作と評価され,ヒットしていた),ドイツ時代からの協力者であるカール・マイヤーの脚本とフォックスの財政的な支持を得,大がかりなセットだけで,移動撮影による映像美が映画史上の語り草になっているサイレント映画の最高峰の一つ《サンライズ》(1927)をつくった。ハリウッドにおける第4作《タブウ》(1931)は,ドキュメンタリー作家ロバート・フラハティとの共同で始まったトーキー作品だが,南太平洋の島民を描く方法をめぐって個性的な2人の意見が衝突し,結局,ムルナウ作品として完成した。この作品は興行的にも成功するのだが,その初公開の1週間前,ムルナウは自動車事故により42歳で悲劇的な死をとげた。…

※「タブウ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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