ターリコータの戦い(読み)ターリコータのたたかい(その他表記)Battle of Talikota

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ターリコータの戦い」の意味・わかりやすい解説

ターリコータの戦い
ターリコータのたたかい
Battle of Talikota

16世紀中頃の南インドの戦いビジャヤナガル王国実権を奪ったラーマ・ラーヤは,デカンイスラム教徒の5王国離間を策しながら攻撃したため,5王国は連合してビジャヤナガル王国に向い,クリシュナ川に近いターリコータ (ラーシャシ・ダンガディ) に軍隊を進めてラーマ・ラーヤの軍隊と1ヵ月あまり対峙した。 1565年1月 23日,部将の裏切りのため,ラーマ・ラーヤは捕えられて殺され,ビジャヤナガルの都は蹂躪され,王国は衰運に向った。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む