チャウハン朝(読み)チャウハンちょう(その他表記)Chauhan

改訂新版 世界大百科事典 「チャウハン朝」の意味・わかりやすい解説

チャウハン朝 (チャウハンちょう)
Chauhan

インドのラージャスターン地方の王朝で,ラージプートの王朝の一つに数えられる。チャーハマーナChāhamāna朝ともいう。9世紀にジャイプル地方に興り,プラティーハーラ朝衰滅後アジュメール地方を征服して有力になった。12世紀後半デリー地方に進出して,プリトビーラージ(在位1177-92)はゴール朝の侵攻を防いだが,1192年タラーイン(タラーオリー)の戦で敗死し,王朝は事実上滅びた。これがムスリムイスラム教徒軍隊のインド征服の端緒となった。プリトビーラージの英雄談はこの地方の文学に語り伝えられた。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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