ムスリム(読み)むすりむ(英語表記)Muslim

翻訳|Muslim

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ムスリム」の意味・わかりやすい解説

ムスリム(民族概念)
むすりむ
Muslimani セルビア・クロアチア語

旧ユーゴスラビアで用いられた独自の民族概念。英語ではモスレム人Moslemという。イスラム教徒を意味するムスリムが民族概念に転用された特殊な例である。旧ユーゴスラビア時代の1981年の国勢調査によると、民族帰属は自己申告制であるが、ムスリム人は同国総人口の8.8%、約200万人、その大部分ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国に居住している。このほか、セルビアマケドニア(現、北マケドニア共和国)にも居住している。1991年の国勢調査によると、ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国の総人口の43.7%、約190万人である。ムスリム人は、もともとオスマン帝国統治下のボスニアでイスラムに改宗した南スラブのクロアチア人かセルビア人である。旧ユーゴスラビアでは第二次世界大戦後、社会主義体制とともに連邦制がしかれ、イスラム教徒、セルビア人、クロアチア人の混住地域であるボスニア・ヘルツェゴビナが一共和国として承認された。イスラム教徒は約40%と最大多数を占めており、国勢調査の際、セルビア正教のセルビア人でもカトリックのクロアチア人でもないことを主張し、民族としてのムスリムを主張していた。1961年の国勢調査から、「民族的帰属としてのムスリム」が承認され、1971年の国勢調査からムスリム人がユーゴスラビア第6の民族として承認された。もっとも、三者とも言語面では共通してセルビア・クロアチア語を用いており、外観相違もみられなかった。しかし、1992年から始まるボスニア内戦の過程で、「セルビア人共和国」を別として、アメリカの主導により1994年に、ムスリム人とクロアチア人勢力からなる「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」が形成された。ボスニア内戦を通して、民族浄化が進行し、民族的な住み分けが進んだこともあり、これ以後、ムスリム人にかわってボスニア人(ボシュニャク)という民族概念が用いられるようになった。これに伴って、ボスニア・ヘルツェゴビナの言語はボスニア語とセルビア語とクロアチア語の3言語とされるようになった。

[柴 宜弘]


ムスリム(イスラム教徒)
むすりむ
Muslim

イスラム教徒のこと。ムスリムmuslimとは、元来、「帰依(きえ)する、服従する」を意味するアラビア語の動詞アスラマaslamaから派生した形容詞・名詞で、「帰依者」を意味する。

[中村廣治郎]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ムスリム」の意味・わかりやすい解説

ムスリム
Muslim

イスラム教徒を意味するアラビア語。複数は muslimūn。本来は「 (神への) 帰依者」の意味。イスラム法の規定によれば,ムスリムは次の5行を義務づけられている。それは,(1) 信仰告白 (シャハーダ) ,(2) 1日5回の礼拝 (サラート) ,(3) イスラム暦第9月 (ラマダーン) の断食 (サウム) ,(4) 喜捨 (ザカート) ,(5) 可能な場合には一生に1度のメッカ巡礼 (ハッジ) である。ムスリムの数は7世紀のアラブの大征服時代から徐々にふえはじめ,9~10世紀には中央アジア,エジプト,北アフリカ地域のイスラム化が進行した。現在のムスリムの分布は,中国西部から東南アジア,インド,中央アジア,西アジア,アフリカにまで及び,その数は7億といわれる。

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