改訂新版 世界大百科事典 「ディンボリン」の意味・わかりやすい解説
ディン・ボ・リン (丁部領
)
Dinh Bo Linh
生没年:?-979
ベトナム最初の独立王朝ディン(丁)朝(968-980)の建設者。ディン・ティエンホアンDinh Tien Hoang(丁先皇)としても知られる。ベトナム北部ニンビン北西のホアルの土豪の子として生まれた。ゴ(呉)政権の崩壊後,北部各地にスークアン(使君)が割拠して内乱状況となったとき,ソンコイ川(紅河)デルタ下流部の水運に基礎をおいて各地のスークアンを次々に倒し,968(一説に966)年天下を統一,ホアルに都を建て,自らをダイタンミン(大勝明)皇帝,国号をダイコベト(大瞿越)と称した。975年,宋はディンを交趾郡王に封じ,朝貢国としての独立を正式に認めた。しかし979年,ドー・ティック(杜釈)に,長子リエン(璉)とともに暗殺された。帝位は次子トゥエ(璿)に継がれたが,980年,十道将軍レ・ホアン(黎桓)に奪され,ディン朝は滅びた。ディン朝治下で官僚・軍事・地方制度が著しく整備されたといわれるが,詳細は不明である。しかしベトナムを統一し,独立国として安定させた業績は高く評価されている。
執筆者:桜井 由躬雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報