パクトニスタン運動(読み)パクトニスタンうんどう(その他表記)Pakhutunistan movement

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「パクトニスタン運動」の意味・わかりやすい解説

パクトニスタン運動
パクトニスタンうんどう
Pakhutunistan movement

パキスタンアフガニスタンとの国境線(1893。デュランド線)の両側に住むパシュトゥン人のうち,パキスタン側のパシュトゥン人国家樹立を目指す運動。パシュトニスタン運動ともいう。中心人物はアブドゥル・ガッファル・カーンで,パキスタン独立以前からインド国民会議派支持を得て活動を展開していた。パキスタン独立後は一時下火になったが,1955年に西パキスタン 4州が統合されて 1州にされると,パシュトゥン人は自治権侵害と反発し,運動が再燃した。運動はガッファル・カーンの子カーン・アブドゥル・ワリ・カーンに引き継がれた。現在もカイバル・パクトゥンクワ州を中心に根強く続いている。

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