…しかし70年代半ば近く,フリー・ジャズ旋風が一段落し,主流派(ハード・バップ)がリバイバルし始めるのを機に,これらアメリカン・ミュージシャンは相次いで帰米し,再びニューヨークを世界のジャズのメッカとしたのであった。
[ジャズのゆくえ]
1969年マイルス・デービスは《ビッチェズ・ブリューBitches Brew》(CBS)というレコードを発表した。13人のメンバー中,11人までがリズム・セクションという楽器編成から流れ出すこみいった複合リズム,さらにロックなどジャズから派生して発展したポップスからの再影響に加え,電気楽器を駆使したサウンドは,70年代の新しい動き――クロスオーバーcrossoverないしフュージョンfusionの先駆的作品と評価されている。…
※「ビッチェズ・ブリュー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...