フェオドシア(その他表記)Feodosia

改訂新版 世界大百科事典 「フェオドシア」の意味・わかりやすい解説

フェオドシア
Feodosia

ウクライナ,クリミア自治共和国の港湾都市クリミア半島南東にあり,黒海に臨む。人口8万5600(1991)。泥浴用鉱泉があり,保養地としても知られる。前6世紀にミレトスのギリシア人によって植民市として開かれ,テオドシアTheodosiaと呼ばれた。その後,13世紀にモンゴル軍に占領され,1266年にはキプチャク・ハーン国によって町の主権ジェノバ商人に委ねられた。当時はカッファKaffaと呼ばれ,15世紀までジェノバの黒海貿易の中心となっていた。1475年にトルコ軍に征服され,ケフェKefeの名の要塞都市として再建された。露土戦争の結果,1771年にロシア領となり,83年より名称が古代のギリシア語名のロシア語読みであるフェオドシアに変わった。第2次大戦中の1942-44年はドイツ軍に占領された。海洋画家アイバゾフスキーI.K.Aivazovskiiの生地。
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世界大百科事典(旧版)内のフェオドシアの言及

【ウクライナ】より

…1569年のルブリン連合によりリトアニアはポーランドと合同しレーチ・ポスポリタ(共和国)が形成され,ウクライナはポーランド支配下に入ることとなった。すでに15世紀からステップ地帯にはポーランド,リトアニアからの逃亡農民を中心にウクライナ人コサックの集団が形成され,先住コサックであるタタール人コサックと競合かつタタール化しつつしだいに軍事集団として成長し,クリム・ハーン国最大の奴隷市場のあったカーファ(現,フェオドシア)をはじめとする都市攻撃を敢行していた。1550年ころリトアニア貴族出身のD.I.ビシネベツキー(?‐1564)はドニエプル川の中洲のホルティツァに要塞を建設してコサックの本営(シーチ)とした。…

※「フェオドシア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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