ホジャ・サーデッティン・エフェンディ(読み)ほじゃさーでってぃんえふぇんでぃ(その他表記)Hoca Sadettin Efendi

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ホジャ・サーデッティン・エフェンディ
ほじゃさーでってぃんえふぇんでぃ
Hoca Sadettin Efendi
(1536―1599)

トルコ、オスマン帝国最盛期の政治家、歴史家。イスタンブールに生まれる。マドラサmadrasa(教育施設)の教授を務めたのち、王子ムラトMurat(のち3世)の家庭教師を務めて出世糸口をつかみ、1597年にシェイヒュル・イスラムŞeyhülislam(イスラム最高長官)に就任オスマン朝の成立期からセリムSelim2世(在位1566~74)までを扱う通史『歴史の王冠』は、オスマン朝年代記の傑作である。

[永田雄三]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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