20世紀日本人名事典 「レーモンドアントニン」の解説
レーモンド アントニン
Raymond Antonin
07の建築家 レーモンド建築事務所所長。
- 国籍
- アメリカ
- 生年
- 1888年5月10日
- 没年
- 1976年10月25日
- 出生地
- ボヘミア・クラドノ(チェコ)
- 学歴〔年〕
- プラハ工科大学〔’10年〕卒
- 主な受賞名〔年〕
- 日本建築学会賞〔’51年〕「リーダーズダイジェスト東京支社」,日本建築学会賞〔’64年〕「南山大学」
- 経歴
- 1910年渡米、ニューヨークのF・L・ライトの建築事務所に勤務、’16年帰化。’19年ライトに伴い来日、帝国ホテル設計に参画、’20年米国建築合資会社を共同設立、「東京テニスクラブ」などの仕事に従事、’23年独立して事務所設立。同年コンクリート打ちっ放しの自邸「建築家の家」を建て、以後「聖路加病院」(’32年)「アメリカ大使館」「フランス大使館」「東京女子大学講堂チャペル」(’20〜38年)などを手がけた。’39年米国に戻ったが、戦後’48年再来日、’51年「リーダーズダイジェスト東京支社」、61年「群馬音楽センター」、’64年「南山大学」などを建築、日本の建築界に刺激を与えるとともに建築家・前川国男、吉村順三、ジョージ中島らを育てた。’70年「自伝アントニン・レーモンド」を著し、’73年帰国。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報