イシドール(その他表記)Isidor

改訂新版 世界大百科事典 「イシドール」の意味・わかりやすい解説

イシドール
Isidor
生没年:1385ころ-1464

モスクワ府主教。ギリシア人東方正教会にあってローマ教会との合同を推進した人文主義者。イシドロスともいう。フェラーラフィレンツェ公会議で合同派として活動し,1441年,モスクワでロシア教会のローマ教会との合同を宣言した。しかしそれに反対するモスクワ大公ワシーリー2世によって投獄,罷免された。脱走してポーランド正教会の合同工作に当たり,のち教皇使節として陥落寸前のコンスタンティノープルに赴任した。
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世界大百科事典(旧版)内のイシドールの言及

【イシドルス】より

…セビリャ大司教,学者,著作家。セビリャのイシドールIsidor da Sevillaともいわれる。カルタヘナ出身の貴族の家に生まれ,兄レアンデルLeanderのもとで教育を受けた後,この兄を継いでセビリャ大司教となった(600)。…

※「イシドール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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