コンチリアトーレ(その他表記)Il Conciliatore

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「コンチリアトーレ」の意味・わかりやすい解説

コンチリアトーレ
Il Conciliatore

イタリア・ロマン主義運動の機関誌。「調停者」の意。 1818~19年ミラノで,ランベルテンギとコンファロニエーリ両伯爵を中心とするグループ刊行。著名な作家や愛国者たちが結集し,反オーストリアの論陣を張った。文芸面では国内の作品ばかりでなく,シェークスピア,シラー,バイロンなど国外の文学を論じたものも多い。オーストリア政府の弾圧にあい,119号で廃刊

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世界大百科事典(旧版)内のコンチリアトーレの言及

【イタリア文学】より


[リソルジメント――国家と周縁]
 イタリア国家統一運動(リソルジメント)の達成とほぼ並行して,ロマン主義の文学者たちは苦吟しかつ精神を高揚させながら作品を生みだしていった。《コンチリアトーレ(調停者)》誌に寄稿した愛国者たちは,たとえばS.ペリコやG.ベルシェのごとく,自由主義思想のゆえに投獄されたり,亡命を余儀なくされた。しかしながら,ロマン主義最大の文学者はG.レオパルディとマンゾーニであった。…

※「コンチリアトーレ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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