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セイシェル セイシェル Seychelles

翻訳|Seychelles

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デジタル大辞泉の解説

セイシェル(Seychelles)

アフリカ東部、インド洋上のセイシェル諸島からなる共和国。首都はマヘ島ビクトリア。英国領から1976年に独立。コプラシナモンを産する。観光業も盛ん。人口9万(2010)。セーシェル

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大辞林 第三版の解説

セイシェル【Seychelles】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

セイシェル
せいしぇる
Republic of Seychelles英語
Rpublique des Seychellesフランス語

アフリカ大陸東岸タンザニアケニアの東方約1700キロメートルのインド洋に位置する同名の諸島を中心とする島嶼(とうしょ)国。主島マヘ島のあるセイシェル諸島のほか、アミラント諸島、プロビデンス諸島、アルダブラ諸島、コスモレド諸島など約100の小島からなる。面積はわずか455平方キロメートルにすぎないが、103.6万平方キロメートルの海洋に島々が点在している。人口8万5000(2006年推計)、8万7000(2011年推計)。首都はマヘ島のビクトリア。正式名称はセイシェル共和国Republic of Seychelles。[寺谷亮司]

自然

島々は北東部の花崗(かこう)岩性の島と南部や西部のサンゴ礁の島からなる。花崗岩性の島は山がちで、急峻(きゅうしゅん)あるいは半球形の山頂、海岸の巨岩などが美しさを添えている。サンゴ礁性の島は平坦で標高が低く、多くが未開拓で無人島である。気候は赤道に近いが海洋性気候のため沿岸部の気温は通年27℃前後で安定している。マヘ島海岸部の年降水量は2360ミリメートルであるが、山岳部では3550ミリメートルに及ぶ。5~9月は南東モンスーンが吹いて比較的涼しく晴天が続き、12~3月は北西モンスーンによって雨が多く暑くなる。雌株には女性臀部の形をした実がなり、雄株の花房は男性性器の形状を呈することから、多くの夢と想像をもたらしたオオミヤシ(フタゴヤシ。フランス語でココ・ド・メールとよばれる)は北東部のプララン島ヴァレ・ド・メ国立公園(メ渓谷自然保護区)に自生する。南西部のアルダブラ環礁は絶滅したリクガメの近縁種アルダブラゾウガメの生息地と知られ、ヴァレ・ド・メとともに世界遺産(自然遺産)に登録されている。[寺谷亮司]

歴史

1502年にバスコ・ダ・ガマがセイシェル南部のアミラント諸島を「発見」して以来、アラブ人やポルトガル人が訪れていた。1742年にフランス領であったモーリシャスのマエー総督の命により探検隊が派遣され、1770年代にモーリシャスから開拓者が来島した。主島のマヘ島は総督名、国名は当時のフランスの蔵相名(ジャン・モロー・ドゥ・セシェル)に由来する。フランスとイギリスによる争奪戦のすえ1794年にイギリス海軍が支配し、1814年のパリ条約でイギリスの領有権が承認された。19世紀には当時イギリス領であったモーリシャスの属国として支配されていたが、1903年にアミラント諸島、コスモレド諸島などの多数の島々をあわせて広くセイシェル諸島としてイギリスの直轄植民地となり、総督が置かれた。1976年にイギリス連邦内の共和国として独立した。[寺谷亮司]

政治

独立前の1964年に、マンチャムJames Mancham(1939― )を党首としてイギリスとの連係を望むセイシェル民主党(SDP=Seychelles Democratic Party)と完全な独立を主張するルネFrance-Albert Ren(1935― )が率いるセイシェル人民連合党(SPUP=Seychelles People's United Party)が誕生した。1967年に最初の普通選挙が実施され、両党の勢力が拮抗(きっこう)したが、1970年にはSDPが勝利し、マンチャムが首相に就任した。しかしイギリスがマンチャムの掲げる連係を拒否したため、1973年方針を変更し単独独立を意図した。1975年の立憲会議で独立を準備する政府が成立し、1976年6月28日にイギリス連邦内の共和国として独立、大統領にマンチャム、首相にルネが選出された。
 1977年6月、マンチャムがロンドンでのイギリス連邦会議に出席した不在中にルネがクーデターを起こし、新大統領となった。1978年6月SPUPはセイシェル人民進歩戦線(SPPF=Seychelles People's Progressive Front)と改称され、翌1979年には社会主義を志向する新憲法が発布された。以後、同党による一党支配が続いたが、1993年に複数政党制を定めた新憲法が発布され、同年7月の大統領選挙と議会選挙の結果、ルネが4選を果たすとともに議会でもSPPFが圧倒的多数の議席を占めた。同選挙後、ルネは自由経済路線へと政策を転換し、1998年3月、2001年9月の大統領選挙でも再選されて通算6選(新憲法のもとでも3選)を果たした。2004年4月、ルネは高齢を理由に大統領を引退し、かわって副大統領ミッシェルJames Alix Michel(1944― )が新大統領に就任、2006年7月の大統領選挙にも勝利した。なお、与党SPPFは、2009年6月に党名を人民党(PL=Parti Lepep、フランス語。英語でPeople's Party)に改称した。大統領の任期は5年。議会は一院制の国民議会で議席数は34、議員任期は5年である。[寺谷亮司]

経済・産業

セイシェルの主要産業は観光産業であり、観光産業は国内総生産(GDP)の約2割、外貨収入の約6割を占める。1971年のマヘ国際空港の開設以来、観光ホテルや外国人観光客が急増した。1977年設立のセイシェル航空は、1983年のフランクフルト・ロンドン便、1991年のヨハネスバーグ便をはじめ、2012年7月時点では外国16都市に就航している。2008年の観光客数はおよそ16万人で、その8割はヨーロッパからである。農業や漁業は零細で、工業は食品加工に偏っており、貿易は大幅赤字を続けている。輸出品は、かつてはシナモン、バニラなどのスパイスやコプラ(ココヤシの果実の胚乳を乾燥させたもの)などの農産品であったが、近年ではマグロ缶詰が約9割を占め、ほかには冷凍水産品などの漁業関連品が多い。一方、輸入品としては主食の米などの食料品、石油製品、機械製品が多い。通貨はセイシェル・ルピー。[寺谷亮司]

社会・文化

住民のほとんどは白人入植者と奴隷間の婚姻などによるヨーロッパ人と黒人との混血=クレオールである。ほかにイギリスの植民地時代に連れてこられたインド人と中国人の子孫、そしてヨーロッパ人が居住している。言語は英語、フランス語、クレオール語(フランス語とアフリカ諸語の合成語)がともに公用語として併用されている。
 宗教は、カトリック82%、イギリス国教会6%などキリスト教徒が多く、イスラム教徒やヒンドゥー教徒も少数存在する。初等・中等教育の義務教育は無料で、高等教育機関としてマヘ島に教員養成のためのカレッジが置かれている。[寺谷亮司]

日本との関係

日本とは1976年(昭和51)に外交関係を樹立した。日本国大使館はなく、在ケニア日本国大使館が業務を兼轄している。日本へは、おもに冷凍マグロを輸出し、自動車を輸入している。在留邦人数は5人(2010)。[寺谷亮司]

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