ダイムラー(読み)だいむらー(英語表記)Daimler AG

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ダイムラー(企業)
だいむらー
Daimler AG

ドイツを代表する自動車メーカー。ゴットリーブ・ダイムラーが1883年、世界で最初の軽量高速ガソリンエンジンの特許を取得、1886年からダイムラー自動車を試作し、1899年からはメルセデス車の生産を開始した。またカール・ベンツは1883年、マンハイムにガスエンジン製作所を設立。1926年、両会社が合併して、ダイムラー・ベンツ社となった。大型の高級車生産が中心で、1930年には、排気量7655cc、150馬力のグラッサー・メルセデス770の生産を開始した。第二次世界大戦では、多くの工場が航空機用エンジンの生産に転用されたが、ほとんど戦災で消失した。
 第二次世界大戦後の1950年に、多目的四輪駆動車ウニモークの生産を開始し、乗用車と商用車の国内需要に支えられて、1950年代に急成長を遂げた。1960年代にはラインスタールのトラック工場やクルップのトラック販売部門を吸収する一方、1960年後半から積極的な海外進出を行った。1977年、アメリカでユークリッド社を買収し、大型作業車の生産を開始した。さらに1989年、航空機メーカーであるメッサーシュミット・ベルコウ・ブローム(現ヨーロピアン・エアロノーティック・ディフェンス・アンド・スペース、略称EADS)社をグループ内に吸収したことで、宇宙・航空分野へと裾野(すその)を広げた。しかし、1990年代に入ってからは、マルク高による影響などで航空機部門の業績が落ち込むなど自動車部門を除き業績不振が続き、子会社である電気メーカーの解体などを余儀なくされた。経営効率化のため、1997年1月、子会社のメルセデス・ベンツ社を吸収した。また、高級車に特化(専門化)していたダイムラー・ベンツ社は、同年初めて小型車である「Aクラス」を投入し、新たな経営戦略を打ち出した。1998年11月、海外戦略の強化と経営基盤の安定を図るため、アメリカのクライスラー社との合併によりダイムラー・クライスラー社が設立された。合併の前年1997年の売上高は約1240億マルク、従業員数は約30万人。[湯沢 威]

その後の動き

2007年5月にクライスラー部門をアメリカの投資会社サーベラス・キャピタル・マネジメントに売却し、同年10月、社名をダイムラーに変更した。新ダイムラー社はメルセデス・ベンツ・カーズ、ダイムラー・トラック部門、メルセデス・ベンツ・バン部門、ダイムラー・バス部門、ダイムラー・ファイナンシャルサービスから構成され、2008年の売上高は958億7300万ユーロ、従業員数約27万人。[編集部]

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