チュリゲレスコ(英語表記)Churrigueresco

改訂新版 世界大百科事典 「チュリゲレスコ」の意味・わかりやすい解説

チュリゲレスコ
Churrigueresco

スペイン・バロック末期の建築様式。〈チュリゲラ風〉の意で,チュリゲラChurriguera一族と,その弟子リベラPedro de Ribera(1683ころ-1742),トメーNarciso Tomé(1690ころ-1740)によって確立された。捩り柱(サロモニカ)や細根の角柱曲線,絵画,彫刻などを多用し,過剰装飾を特徴とする。チュリゲラ一族はカタルニャ出身の建築家(祖父),彫刻家(父)と4人の子からなり,中心人物は子の一人で,建築家,彫刻家,装飾家のホセ・ベニートJosé-Benito Churriguera(1665-1725)である。彼はヌエボ・バスタン宮(1709-13)やサン・エステバン教会の祭壇衝立などによってこの様式を大成させた。またリベラのサン・フェルナンド養生院(マドリード,1722着工)やトメーのトレド大聖堂内祭壇トランスパレンテ(1732完成)などがこれに続く代表作である(図)。
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世界大百科事典(旧版)内のチュリゲレスコの言及

【カタルニャ】より

…また,外国人芸術家の活躍とともに当地のマルトレルB.Martorellの壁画(バルセロナ大聖堂),フォルメントD.Formentの祭壇衝立(ついたて)彫刻(ポブレット)などが注目される。柱,天蓋,ニッチを備えた壮大な祭壇構成の伝統は,18世紀に当地方出身のチュリゲラ一家の手でチュリゲレスコ様式へと導かれる。常に外へと開かれているカタルニャ美術は,外国の様式への追従ではなく,自己の中で変革し発展させる力を備えており,それは19世紀末のバルセロナの自由で革新的な環境から,ガウディ,ピカソ,続いてミロやダリが世界へと進出して行ったことにも表れている。…

【スペイン美術】より

…バロック(17~18世紀)も,構造や内部空間のバロック化よりも装飾に重点が置かれたところにスペインの特徴がある。スペイン・バロック建築を代表するのが,もともとは祭壇衝立の制作者であったチュリゲラ一族であるところにもその特性がうかがえる(チュリゲレスコ)。ほとんどが18世紀のもので,チュリゲラの手になるサラマンカのサン・エステバン聖堂の祭壇衝立,弟子ナルシーソ・トメーがトレド大聖堂内に,建築,彫刻,絵画の3要素を融合して作り上げた幻視的な祭壇トランスパレンテTransparenteなどがその代表作である。…

【バロック美術】より

…一方スペインでは,バロックにおける今一つの権力,つまりカトリックもきわめて強い勢力を有していたため,教会と修道院を中心とする空間芸術は,イスラム文化の形式感覚と合体して,空前の繁栄をみた。チュリゲレスコがその典型である。リベラおよびスルバランは反宗教改革の内省的精神と真実な信仰の表白者である。…

※「チュリゲレスコ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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