翻訳|style
広くは,〈生活様式〉〈行動様式〉などという場合のように,人間の行為のあり方,ないしは,さまざまの行為,表現を特徴づける諸性格の総体を指して〈様式〉と呼ぶが,とくに芸術において,作品をある時代,地域,民族,あるいはその他の特定のグループに分類することを可能ならしめる表現上の特色の総体を〈様式〉という。たとえば,〈ゴシック様式〉は,ゴシック時代の建築,彫刻,絵画,工芸等の形式的統一を特徴づけるある共通した性格の総体を指して用いられるし,〈ナビ派の様式〉は,このグループに属する芸術家の作品に共通して見られる表現上の特性全体を意味する。したがって様式には,その分類の仕方によって,時代様式,地域様式,民族様式などがあり,またある特定の芸術家の作品全体を特徴づける個人様式や,さらには〈セザンヌの晩年の様式〉のように,ある個人のある時期の作品群に対しても適用される。それと同時に,もしセザンヌの晩年の作品とティツィアーノの晩年の作品との間にある共通する表現上の特色が認められるとすれば,時代,地域,個人を超えて,芸術家の〈晩年の様式〉について語ることも可能である。ギリシア美術についても,ルネサンス美術についても,あるいはセザンヌの作品についても〈古典主義的様式〉が問題となるのはそのためである。
もともと西欧語において,スタイルstyle(英語),シュティールStil(ドイツ語),スティールstyle(フランス語)は,〈鉄筆〉を意味するラテン語stilusに由来し,それゆえに,鉄筆で書かれた文章の表現上の特色,すなわち〈文体〉を意味するようになった。この意味は今日でもまだ生きているが,別の言い方をすれば,〈文体〉とは〈文章の様式〉であるといってもよい。
この〈様式〉の概念を美術作品の表現形式に適用して,体系的な美術史をつくり上げようと最初に試みたのは,18世紀のドイツの美学者,美術史家のJ.J.ウィンケルマンである。ウィンケルマンは,その著書《古代美術史》(1764)において,様式の発展を歴史の流れの説明原理として,たとえばギリシアの美術史を,〈古い様式〉〈高貴な様式〉〈美しい様式〉〈模倣者の様式〉,の四つの時代に分けた。このウィンケルマンの試みによって,美術史ははじめて独立した学問として成立し,その後の発展の基礎が築かれた。
美術における〈様式〉の概念は,19世紀末から20世紀にかけて,A.リーグル,H.ウェルフリン等によって,いっそう厳密な,精緻なものとなった。ウェルフリンは,《美術史の基礎概念》(1915)において,建築,彫刻,絵画の各分野にわたって,16世紀と17世紀の芸術作品を分析して,〈線的と絵画的〉〈平面性と深奥性〉〈閉ざされた形式と開かれた形式〉〈多様性と統一性〉〈絶対的明瞭性と相対的明瞭性〉という5項の対概念を抽出し,16世紀芸術はそれぞれの対概念の最初のものによって特徴づけられ,17世紀芸術は2番目のものによって特徴づけられるとして,前者を古典主義芸術,後者をバロック芸術であるとした。すなわち,〈線的性格〉〈平面性〉〈閉ざされた形式〉等々が古典主義芸術の様式的特色であり,逆に,〈絵画的性格〉〈深奥性〉〈開かれた形式〉等々がバロック芸術の様式的特色であると規定したのである。ウェルフリンのこの試みは,古典主義とバロックとの様式上の特色を明確ならしめるとともに,様式分析の基本的な方法論を確立したものとして,重要な意味をもっている。
その後,É.フォールや,とくにH.フォシヨンは,ウェルフリンが対立的なものとみなした古典主義とバロックとを,歴史のなかである一定の法則に従って繰り返される芸術の段階的発展のなかに位置づけ,様式のもつ歴史的,規範的性格を明らかにした。すなわち,芸術家や芸術作品は,自己の属する時代や地域の様式の規制を受けるのであり,様式は,みずから発展しながら,美術の歴史を形成する原理となったのである。このような様式史観Stilgeschichteは,今日さまざまの面で修正を受けながら,なお美術史の基本的な考え方の一つとして,大きな力をもっている。
→芸術 →ジャンル →文体
執筆者:高階 秀爾
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
このことばは芸術的表現の方式をさすが、一般に個々の人間や社会あるいは民族の行動・生活の仕方や、形成の方式に使われることがある。様式と訳した外国語の語源はラテン語のスティルスstilusであり、これはもともと文章の書き方、あるいは文体を意味するものであった。それが用法としてしだいに拡大され、18世紀にはドイツのウィンケルマンによって美術史の領域に取り入れられ、美術的表現の方式として適用されるようになる。その後、ゲーテの芸術論やシェリングの美学にも取り上げられ、19世紀後半にはリーグル、ウェルフリンらによって、美術史学の基礎を築くうえで方法論を展開するための、有力な概念として用いられるようになった。
芸術的表現は類型的に分化されるが、美術についていえば、美術家(建築家、画家、彫刻家、工芸家など)個々の表現方式による個人様式、特定の時代を総括した表現方式を基礎にした時代様式、同じく民族の共有する表現方式による民族様式、ある限定された地方にみられる地方様式、時代・民族・地域は同一でも、美術家の集団として他と異なる表現方式をもつときにみられる流派様式などがある。
芸術作品を正しく理解するためには、まず初めにその表現方式、つまり様式を把握しなければならない。なぜならば、美術家の場合ではその人格が、時代であるならばその時代精神が、もっとも明らかに投影されたのが様式であるからである。時代様式は歴史的な展開のうえに漠然と形成されるものでなく、時代を指導する天才的美術家が、同時代および過去において指導的役割を果たした様式を基盤にして、新しい時代にふさわしいものを表現する新しい様式、つまり個人の様式に帰するものであり、流派の様式にしても、地方の様式にしても、だいたい同じことがいえる。また、様式と形式とは一般に混同されて用いられている場合があるが、形式はあくまで様式を形成する要因の一つであり、両者の意味はまったく異なる。
[永井信一]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…めしべは心皮(大胞子葉)が袋状となり,胚珠をその内側に包み込んでいて,この部分を子房とよび,心皮の辺縁が閉じ合わさったところが柱頭となって,花粉を受け止める。多くのめしべでは子房と柱頭の間に花柱styleと呼ばれる生殖に無関係な部分が発達している。さらに花の基部に,葉が小型化した苞や小苞がみられることがあり,花の形成初期に,その保護に役だっている。…
…基準の設定次第で分類体系が変わり,名称がふえるのは言うまでもない。
[レトリック理論に由来するヨーロッパの文体概念]
現在,日本語の〈文体〉ということばは西洋の〈スタイルstyle〉という概念への適切な訳語でもある。そしてヨーロッパ的な〈スタイル〉もまた,伝統的に大きな類型として理解されてきた。…
…裸子植物の大胞子葉と異なり,被子植物の心皮はその縁が互いに閉じ合わさって袋状となり,中に種子となる胚珠を包み込んでいて,この部分を子房ovaryという。原始的なめしべでは心皮の縁が閉じ合わさったところが柱頭stigmaとなるが,多くの場合子房の上に花柱styleと呼ぶ棒状の部分があり,柱頭はその先端がねばついたり毛がはえていて,花粉を受け止めやすくなっている部分である。トウモロコシの子房は苞の中に包まれているが,ひげ状の花柱と柱頭が長くなり,苞の外に出ていて受粉を可能にしている。…
…だが数々の理由から当然とはいえ,決定的な分類が立って芸術理解を指導するわけではない。具体的な個々の作品理解においてはむしろ様式とジャンルの両概念がたいせつである。作品には,つくる主体のがわからみれば,作家の個人的特質から背後の時代とか風土の特性など,さまざまな主観的条件が刻みこまれる。…
…それまでは,土木建築工事一般を〈普請(ふしん)〉,建物に関する工事を〈作事(さくじ)〉と呼んでいた。アーキテクチャーとは,単なる建造物building,structureに対して,一定の芸術的様式をもつ建物一般をさす集合名詞であり,かつ,それらをつくりだす建築技芸の体系を意味する。すなわち建築術あるいは建築芸術の意である。…
…ラテン語ゲヌスgenus(種属)に由来するフランス語で,種類や部類を意味し,生物学をはじめひろく用いられるが,語音をそのまま移しているときは多く芸術のジャンルをさすとみてよい。様式と同視されることもあるが,〈ジャンルの様式〉も正当な論題となる以上,芸術については両概念を区別しなければならない。ジャンルと様式はいずれも芸術作品の理解を深めるに有効とされる類型概念であり,様式が一作品にみられる個性的相貌の類型的性格を語るに対して,ジャンルは客観的に類型的統一をつくる作品群を語る概念である。…
※「様式」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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