バルカン紛争(読み)バルカンふんそう(その他表記)Balkan disputes

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「バルカン紛争」の意味・わかりやすい解説

バルカン紛争
バルカンふんそう
Balkan disputes

オスマン帝国の衰退により,バルカン諸民族の間に起った民族解放の運動と,帝国の遺産配分をめぐる帝国主義列強の国際対立から生じた国際紛争。 1878年のベルリン会議は,セルビア,モンテネグロ,ルーマニアの独立を承認し,それまでの問題を解決したかに思われたが,大国間の取引による国境線画定,いわゆる「バルカン化」を招来し,イスタンブール進出をねらうロシアとアドリア海進出を企てるオーストリアとの対立を深め,問題を複雑化した。それ以来,一部にバルカン連邦結成などの動きもみられたが,独立したバルカン諸国家は最後までオスマン帝国の支配下にあったマケドニアをめぐって抗争を続け,1912~13年には第1,2次のバルカン戦争が勃発した。また,14年サラエボで起ったオーストリア皇太子暗殺事件は,この問題を背景とし,第1次世界大戦への導火線となった。

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