…その後この地に住んだトラキア人によって,黒海沿岸にオデッソス(現バルナ)やメセンブリア(現ネセバル)ほかのギリシア植民都市が建設され,現在失われてしまった古代ギリシアの壁画を彷彿とさせるカザンラクKazanlâkの墳墓の天井画(前300ころ)や,パナギュリシテPanagjurište出土の金工品(前3世紀)など,当時の一級品が見られる。46年以降,トラキアとモエシアとしてローマ帝国の属州となり,セルディカ(現ソフィア)など新たにローマ都市が建設されたが,ローマ時代末期のポモリエPomorieの墳墓などは,ローマの建築技術によりつつもトラキア人の伝統に従っている。ビザンティン時代は首都コンスタンティノープルの後背地として,とくにユスティニアヌス帝によって各地に数多くの軍事施設が建設された。…
※「ポモリエ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...