日本歴史地名大系 「七瀬河原村」の解説 七瀬河原村ななせかわらむら 長野県:長野市七瀬河原村[現在地名]長野市鶴賀(つるが) 七瀬善光寺(ぜんこうじ)町の東南にあり、東は北高田(きたたかだ)村・西は妻科(つましな)村石堂(いしどう)、南は栗田(くりた)村、北は権堂(ごんどう)村・問御所(といごしよ)村に接する。慶長六年(一六〇一)九月一六日の善光寺御寺領之割(善光寺文書)に「四百六石壱斗七升四合 七瀬河原」とみえ、正保四年(一六四七)の信濃国絵図高辻に同じ高付で「善光寺領七瀬村」とある。慶長六年、善光寺領となった。この所は古く裾花(すそばな)川がここを東南に流れていて、河原地であったため、初め七瀬河原と称し、慶長の末年、裾花川が現在の川筋のごとく妻科村から南流するに及んで、従来の川跡は北八幡(きたやわた)川・南八幡川として用水路となり、以後七瀬村が成り立ったのである。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by