万田野村(読み)まんだのむら

日本歴史地名大系 「万田野村」の解説

万田野村
まんだのむら

[現在地名]市原市万田野

飯給いたぶ村の西にある。天正五年(一五七七)と思われる五月八日の井出時吉等連署書状(山本文書)に「万田より次ノ崎」とあり、北条氏と里見氏合戦でこれらの一帯が火をかけられ、また北条氏水軍の将山本氏が活躍したことがうかがえる。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に万田村とみえ、高七九石。寛文四年(一六六四)の土屋利直領知目録(寛文朱印留)に村名がみえ、延宝七年(一六七九)まで久留里藩領。天和三年(一六八三)より元禄一二年(一六九九)まで高滝藩領であったとされる(文政一〇年「高滝地頭替年数」宮原家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む